【投稿広場】SS・ショートショートの広場

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  • こげ

    『盆のイセポ・テレケ』
    十年以上も昔の話になる。
    会社の先輩と中学以来の友人と俺の三人で、
    盆休みに有給を足して十一日間の北海道旅行へ出掛けた。
    車一台にバイク一台の、むさ苦しい野郎だけの貧乏旅行だったが、
    それは素晴らしいものになるだろうと胸を弾ませていた。
    しかし、出発当日から台風に見舞われ、フェリーは大時化の中を航行、
    無事に苫小牧港へ到着はしたが、
    何の因果か、北の大地に足をつけてから連日、怪異と遭遇する事になる。
    知床半島山中のカムイワッカ湯の滝で、
    この物語の鍵を握ると思われる三人の少女と出会ったが、
    結局は何も分からず、余計な謎を増やして、つかの間の邂逅は終わった。
    旅は六日目、羅臼町に出た俺達は海岸沿いを道南下し、根室半島までやってきた。

    花咲港で名物のハナサキガニを食し、
    日本最東端の納沙布岬で北方領土の歯舞群島を間近に望み、
    双眼鏡で水晶島の監視塔で、小銃を肩に掛け警戒にあたる兵士の姿を見た。
    北海道の西の彼方へ沈む夕日を三人が並んで無言で見送ったりしてな、恥ずかしげも無く。
    根室半島チャシ跡群や、旧日本軍が建造したトーチカや掩体壕の戦跡群は時間が押しているから、
    楽しみは明日に取っておくとして、今夜の宿を探しに根室市内へ向かった。
    根室駅前にある観光案内所へ着いた時には、午後6時をまわっていた。
    パンフを見比べながら、あーでもないこーでもないと宿を決めかねている俺達の所へ、
    観光案内所の前へ軽トラを停めて、一人のおっさんがやってきた。
    宿を探しているのかと訊ねられ、
    ホテルではなく安価な民宿で、魚介類とハナサキガニが手頃な価格で食えるような所へ泊まりたいと、条件を提示してみれば…、
    それなら俺の所に決定だと、おっさんは親指を立てた。
    どことなく、映画『プラトーン』に登場したバーンズ軍曹に似ている。
    おっさんは民宿を営みながら、漁師もやっているのだそうだ。
    なんと、宿泊代に二千円を足せば、晩飯にハナサキガニ+αを付けてやると言う。
    あまりの安さに、宜しくお願いしますと、ホッチキスも斯くやの身体を折り曲げて頭を下げれば、
    俺の後を遅れずについてこいと言って、おっさんはさっさと軽トラへ乗り込んでいった。

    美味い飯を食い、美味い酒を飲み、風呂に入って、久しぶりに屋根の下で布団へ入って寝た。
    テントとは違って寝心地が段違いだ。
    それに熊等の襲撃を恐れる心配がないのは最高だ。
    これでフタフタマルマル就寝、ゼロフタマルマル起床でなければ至福だったのだが…
    なんでも、おっさんが操舵する船で、すごいところへ連れていってくれるのだそうだ。
    午後11時まで食堂で俺達と飲んでいたのだが、午前2時きっかりにおっさんは起こしにやってきた。
    船で摂る朝飯の支度も済んでいるとかで、本当に寝てんのか、あの人…
    厚着して眠い目を擦りながら外へ出れば、エンジンをかけた軽トラが待っていて、 有無を言わさず荷台へ乗せられる。
    港に着くと、おっさんが操舵する船へ乗り込み、真っ暗な海原へ出た。
    出港してしばらく無言だったおっさんだったが、
    ちょっとショートカットして行くからと、軽い口調で俺達に断りを入れる。
    深夜で島影どころか、目の前の波すら見えない海の上…
    何をショートカットするのかと思えば、
    現在は別の国家が占有している日本固有の領土がある海域だった。
    北海道に来て熊と相対する覚悟はしていたが、流石に拿捕までは想定外…気構えなんか出来ていない。
    極寒の牢獄に囚われ、餓死と凍死に怯え、壁に生えた茸を見ながら、 空缶に用を足すことになるのは絶対に嫌だ。
    俺達は船長兼民宿の親父のおっさんに向かって本気で土下座したよ。
    地図にしか見えない赤い一点鎖線の内側へお願いだから帰しておくれと、手を合わせれば…
    おっさんはエリアス三等軍曹を謀殺せんと企んでるみたいな悪い顔で、

    「お前等、俺がどこでカニを捕ってくるか知っているか?
     道内では船影がちらりと見えただけでカニは岩陰に隠れてしまうが、
     こちらでは真上を船が通ろうと、のうのうと行列を作って歩いているくらい擦れてないから捕り放題なんだ。
     言ってみれば、ここは俺の庭みたいなものだから安心していい。」

    もし、露助の警備艇に臨検されそうになっても、漁船には分不相応な高出力エンジンを積み、
    操舵室後部の壁には分厚い鉄板が仕込まれているから、
    小銃の弾くらいなら暫くは耐えられるから平気だと、鼻で笑った。
    それに、民主化した所為で極貧生活を送っている奴等に効果覿面の、強力な鼻薬も搭載済みらしい。
    おっさんに全てを任せるしかない、腹を括るしかない…
    海の上では彼がトム・べレンジャー(二等軍曹)なら、俺達はチャーリー・シーン(新兵)でしかない。
    それって●漁やってるって事だよな?とか、おっさんに訊ねる余裕は無かった。

    波を蹴立てて暗い中を船は進み、
    おっさんが俺達に何を見せたかったのか…
    空が白み始め、360度全てに島影すら見えない大海原…
    水平線からゆっくりと顔を出す、黄金色に輝く朝日だった。
    北海道へやって来て、二十歳をとうに過ぎた男三人が、
    景色に目を奪われ、息を呑み、胸を詰まらせた事が幾度となくあったが、
    この朝日の神々しさは格別だった。
    今現在、俺達が地球上のどの辺りにいるかを忘れるくらいに…目尻に涙を溜めて太陽眺めたよ。
    地理的に、なかなか見れないご来光を拝んだ後、おっさんの用意してくれた朝飯を食った。
    海苔と塩だけの握り飯にカニ味噌と身の入った味噌汁。
    それらを頬張りながら、俺は艫で甲板に腰を下ろして海を見ていた。
    二、三メートル先で波間に顔を出している白いのがいる。
    ゴマフアザラシの幼獣…ゴマちゃんかと思ったが、天に向けてにょっきり伸びる一対の長い耳があった。
    前脚を出して水面へ置いたかと思うと、
    それを支点によっこらしょと胴体を海中から引きき、波の上に乗って後脚二本で立ち上がる。
    鼻をぴくぴくさせて周囲を警戒する一匹の白ウサギだった。
    俺の右手から握り飯がこぼれて甲板に落ちる。
    一対の赤い目が俺を捉え、それから小首を傾げた…その仕草が妙に人間臭い。
    数秒、見つめあった後、ウサギはくるりと背を向け、後脚二本で立ったまま波の上を走り去っていった。
    まるで、『不思議の国のアリス』のワンシーン…何だったんだ今のは…と、呆気に取られる暇も無く、
    一羽、また一匹とウサギが海中から浮き上がってくる。
    海面へ這い出ると、先程のウサギを追うように二本足で立ち上がり、同じ方向へ走って行った。
    気が付けば、船の周囲は浮いてきたウサギで埋まるほどになっている。
    海域が沸き立つかのように白で染まり、
    海面へ這い出たウサギが列を作り、同じ方向を目指して去っていく。
    数千羽、数万羽にでもなっただろうか、
    走るウサギが作る白い線は、水平線まで到達しそうな勢いだ。
    白波が押し寄せていくような有様になっている。
    船上にいる全員が、その光景に圧倒され、言葉を失った。

    最初に我へ返ったのはおっさんだった。
    慌てて船を動かし、ウサギ達を蹴散らして回頭させる。
    その揺れで俺達も自我を取り戻したのだが、おっさんのとばし方が尋常ではなかった。
    まるで何かから必死で逃れようとしているかのように、操舵輪を握る顔は青ざめ引き攣っている。

    「ウサギが立った。大津波が来る…急いで港へ戻るぞ!」

    アイヌの伝承にあるのだそうだ。
    海で『ウサギ(イセポ)が立つ(テレケ)』と、大海嘯の前触れであると…
    大海嘯とは大津波のことだ。
    道内の古い漁師達は伝承を信じ、ウサギやアイヌ語の意である『イセポ』を
    海上で口にすることを禁じていたと言う。
    アイヌ達が海上にいる時は『イセポ』の代わりに『カイクマ』という言葉を用いた。

    「奴等は南…内地へ向けて走っていったな…今回はこっちに被害はないかれもしれない。」

    アイヌの昔話で、ある男がトンケシと言う場所を通りかかったとき、丘の上にウサギが立っていて
    海の方へ手を突き出し、しきりに何かを招き寄せるような仕草をしているのを目撃する。
    彼は丘の下にある集落で周辺六ヶ所の首領が集まり酒宴を開いているので、
    津波が来るから早く逃げろと警告したが、
    首領達は酔っていて津波など怖くないと刀を振り回し相手にしなかった。
    男は呆れ、内陸へ向けて去っていった。
    その直後、トンケシの集落は津波に飲まれ、全滅してしまった。
    トンケシの丘にいたのはウサギの大将=津波を呼ぶ神で、
    海にいる無数の仲間を呼び寄せる儀式を行っていたのだと…
    引き波の向こうで、ウサギはまだまだ増え続けていた。

    「俺が生まれる以前から、ウサギが立つ(イセポ・テレケ)は白波が立つことだと言われていたが…
     じゃあ、俺達が見たアレは一体なんなんだ!?」

    おっさんが必死になる理由は分かる。
    1994年に起きた北海道東方沖地震による津波の記憶が新しい。
    道内での被害は少なかったが、北方領土では死者行方不明者を出し、
    一万人近い住民がロシア各地へ移住を余儀なくされた。
    道内に残る、ウサギと津波に纏わる伝承では、
    イセポ・テレケの予兆現象があった当日から十年程の間に必ず、津波が起こったとされる。
    宿まで戻った俺達は、おっさんに見送られ、早々に根室を後にした。
    今日は釧路湿原の脇を抜け、阿寒国立公園を目指す。
    観光化されたとはいえ、アイヌの伝承や文化が数多く残っている場所だ。
    それに内陸部だから津波に襲われる心配はまず、無いだろう。
    結局のところ、北海道に俺達がいる間は、津波は起こらなかった。

    (了)

     
    • こげ

      この物語の鍵を握ると思われる三人の少女と出会ったが、←四人でした(T_T)
      ごめんなさい、修正ってどうしたらよいのでしょう。

       
      • tenkaitusin

        ログインして投稿すると内容を修正できます。詳しくはhttp://kimyo.org/%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%97

         
  • こげ

    「クソ!間に合わなかったか…」

    遠ざかっていく列車の後姿を見送り、ため息を吐く。
    最終電車が来るまで40分か…
    金曜の夜…
    列車を下りた客たちは足早に連絡通路へ向う階段を上っていってしまった。
    幾人かいたはずの駅員も、姿はすでにない。
    春まだ遠く、北風が吹きすさぶ極寒のホームへ一人取り残された俺…
    暖房が効いた待合所へ戻る気力もなく、
    自動販売機で微糖の缶コーヒーを買ってベンチへ腰を下ろす。
    連日の激務で精根尽き果てる寸前だ。
    社運が懸かっているからと言っても働かせ過ぎだろう上司と会社…
    今月も残業が100時間を軽く突破したぞ…
    人を減らして給料減らして、責任とノルマだけは割り増しにしやがる。
    今夜こそ、午前0時を迎える前には帰れると、思ったんだがな…

    鉄道会社も不景気なのか、そろそろ看板だからか、構内がやけに暗い。
    蛍光灯がチリチリと音を立てて明滅を繰り返し…ホームの端から先は濃い闇で満たされている。
    両掌の中にあるスチール缶は、外気に熱を奪われ、どんどん冷めていく。
    終電が来るまであと35分か…
    明日は久しぶりに休日出勤もなく、自宅でのんびり昼まで寝てやろうと会社を出たのだがな…
    駅前のビジネスホテルかカプセルホテルにでも泊まることにして、
    酒飲んで、ラーメン食って、サウナ入って
    朝までぐっすり眠って帰るプランもあった…

    「その方が良かったかもな。」

    温くなりかけているコーヒーを一気に飲み乾し、
    月の無い空を仰いだ。

    「お兄ちゃん?」

    声をかけられるまで寝ていたのか、呆けていたか…
    気が付けば目の前に女性が二人。
    一人はユズキ、俺の妹で、その背へ隠れるようにして立つのは
    彼女の高校時代からの友人で…
    黒髪ロングに眼鏡の似合う美人で…グレイッシュピンクのトレンチコートに身を包んだ…
    厚着していても分かるぐらいでかい…アレ…あ…

    「雪輪屋さん、久しぶり…」

    特徴ある部位で彼女を記憶していたから、名前を思い出すのに時間がかかってしまった。
    こんな遅い時刻に二人でどうしたんだと訊ねると…
    会社帰りに待ち合わせをして友達数人と飲んでいたそうだ。

    「サーちゃんは今夜、私のお部屋にお泊りするんだ♪
     一緒にお風呂に入って、一緒のお布団で寝るんだよ♪」

    「高校の時から、本当に仲良いんだな。
     お前が今度、引越したアパートは●●沿線だっけな…隣のホームか」

    「そうそう♪それでね、
     サーちゃんが反対側のホームから、眼鏡かけても0.7の中型免許ギリギリの視力で、
     視覚障害者誘導用ブロックから先へ行きたそうな雰囲気を醸した、お兄ちゃんそっくりな男性が、
     ベンチで真っ白に燃え尽きたボクサーみたいに座っているのを見つけて、
     本人だったら賠償金の支払い大変だからどうしようって、心配になって来てみたんだ」

    「それはわざわざ申し訳なかったな。でも、大丈夫だ…
     お兄ちゃん、列車に飛び込まなくちゃならん程は追い込まれていないから」

    「いや、お兄ちゃんは一度、とことんまで追い込まれてみることをお薦めするよ!
     それで四門を開いたり、スーパーサイヤ人になったり、1000-7の答えを言わせたり、
     そんな新たなお兄ちゃんに生まれ変わるべきだと私は思うよ♪」

    妹うぜぇ…残念な方向へ出来上がってるユズキと対照的に、
    微塵の酔いも感じさせない白い肌の雪輪屋さんが、黒い瞳で心配そうに俺を見つめている。

    「疲れているだけだから」

    「過度の疲労は大変危険です。慢性疲労症候群等、精神疾患となる恐れがあります。
     精神面では集中力や思考力の低下、記憶力低下、活力低下、気力の易疲労性、
     意欲や意志の減弱、興味喪失、また身体面の症状としては困難感、弱々しさ、筋力低下、
     アレルギー発症、喚語に滑舌困難…呼吸困難を引き起こすこともあります。」

    「もしかして…雪輪屋さん、すごく酔ってる?」

    「いえ、私はたいして飲んでないので…それに、
     ええと…その、お兄さん…こんなことを言うと…変に思われて…しまう…のですが…
     このまま…ここにいると…危ない…です。」

    人見知りをする子で、俺の実家へ遊びに来てた頃もこんな感じだったが…
    なんだ、ここにいると危ないって?

    「駅のホームは…人が乗り降りする…場所…ですけど…
     亡者や異形が…出口を求めてやってくる場所でもあるのです。
     その…今夜みたいに月の出ない夜は…死の淵に立って彼岸を眺めている人を見つけると…
     ホームの上にまで…這い上がってきてしまうんです。」

    死の淵?彼岸?亡者?異形?出口?這い上がる!?
    雪輪屋さんの言っている意味が理解できない…理解できないのだが…
    なんだか背中が寒気を覚えてゾクゾクしてきた。
    鳥肌まで立ってきたじゃないか。

    「ここ…結界になってます。
     たぶん、電車が出て行った後、客扱終了合図後から干渉が始まったのだと思います。
     駅員さん達も他の利用客も…入って来れないように…このホームが存在すること…
     人の関心から外されてしまっています。
     ユズキも最初、お兄さんどころか…ホームを見つけることが出来ませんでした。」

    俺は周囲を見廻した。三人以外…ホームには誰もいない。
    確かに、今夜はかなりおかしい。
    次が終電だ…待合室で暖をとっていた客達だって、そろそろ階段を下りてきても良い時間だろう…
    それが、全く誰もやって来る気配がない。
    彼女の言う通り、誰からも…このホームが見えていないのだろうか…

    「新月の晩、ホームの端から先は…一歩踏み出せば底知れぬ深い闇となっています。
     夜の海と同じ、港…桟橋の先と思ってください。
     そこは生者以外が統べる見知らぬ世界と…」

    なんか…だんだん、饒舌になってないか雪輪屋さん。
    ユズキは俺の手から缶コーヒーを奪って「トレースオン!」とか馬鹿なことを曰っている。

    「で、なんでこのホームなんだ?」

    「疲れ果ててるお兄ちゃんがいるからだよ♪」

    「線路は鉄道車両が走行する軌道…
     それは永遠に交わらぬ、 鋼鉄のレール二本で作られています。
     五行思想にいう金気とは金属…青銅、鉄、鋼…
     古来より、魑魅魍魎や幽霊の類が嫌うものとされてきました。
     この鋼鉄製のレールがホームへ彼らを引き寄せる因となっているのです。
     鉄道事故で亡くなられた方…それも、二本のレールの間で命を落とされた方が残した…
     未練や遺恨、怨嗟、憎悪は金気に弾かれ…弾かれている内に練られ…凝り固まり… 猖獗して、
     生前の…断末魔の姿を象った悪霊となります。
     車の行き交う道路であれば周囲に拡散することができるのですが…
     二本のレール…鉄…鋼鉄…金気が邪魔をして許してくれません。
     悪霊となった存在はレールから外へは出ることが出来ないので自然、
     彼等は電車と同じ軌道に沿って彷徨する事となります。
     駅のホームは普段、高低差によって彼らの侵入を防ぎ、眺めるだけに留めています。
     しかし、新月の晩…闇が満ちてホームとの高低差が埋まる…その時にのみ、
     レールの外側…人の住処へ行くことが出来るようになるのです。」

    雪輪屋さん、済まない…俺にはあんたが言ってる話の意味がほとんどわからん。
    このホームに異常が起きていることと…ここにこのままいてはいけないと言う事くらいしか…

    「レールの外へ出たいと執念が残っているものは…まだ、良いのですが…
     鉄道で自殺される方のほとんどは凝り固まった怨みで出来上がった存在なので…」

    感情の無い…どこか読んでいるような…彼女の声…
    しかし、整った白い相貌が…口の端が軽く吊り上がり…眼鏡の奥で目が細められる…

    「ひぃふぅみぃよぉ…」

    悪寒が全身を駆け抜け、瘧のような震えが走る。
    寒い!さっきより気温が低下していないか?
    厚手のコートを冷気が突き抜けてくる…全身が今にも凍りつきそうなくらい寒い。

    「鉄道事故…特に自殺された方…濃く…強く残ってしまうんです。
     まず、話なんて聞いてくれません。
     生きている人が羨ましくて、妬ましくて、憎たらしくて…
     普段はああやって見上げているだけ…なのですが…
     今夜は…新月の晩だけは…生気の欠けた者をそちら側へ引きずり込める…
     狩場へと変じるのです。」

    彼女が促す方向…ホームの先へ視線を向ける。
    な、何かと目が合った…合っちまった。
    こんな不自然で…低い位置なのに…誰と目が合う!?
    心臓を冷気が鷲掴みにした。

    「心身共に疲れ果て、マイナス思考に支配され…鬱屈がたまり続けるループを生み…
     気鬱になっているお兄さんは今、彼等とかなり近い精神状態にあります。
     そういう人間であれば容易に騙され、同調し、共感し…
     彼等の側へ容易に引き込めると踏んだのです。
     今夜はかなり性質の悪い者達が来ているようですね。
     お兄さんを絶対に逃がすまいと結界を張って、虎視眈々と狙っています。
     でも、大丈夫です。私が彼等の目には大変な『御馳走』と映る様に細工を施したので、
     辛抱できなくなった悪霊から、我先にとお兄さんへ襲い掛かってくるでしょう」

    「ちょ、今なんて言った!?御馳走に映るようって…俺に一体何をした!?」

    畜生、見てる…しっかり、俺を見ていやがる…
    熟しきったトマトみたいな…
    普通の倍くらい真っ赤に腫れあがった…男とも女とも分からない不気味な顔が…
    瞳孔の開ききった…焦点の合わない目で…だが、確実に俺を睨みつけている。

    「すごいの来ちゃったね、お兄ちゃん♪」

    嬉しそうに…この腐れ妹!あれが幽霊…悪霊とか、そういうものだというのか?
    霊感がないと見えないんじゃないのかその手の存在って奴は…
    雪輪屋さんを見れば、まだ…寒気を覚えたあの笑みを浮かべたまま…
    昔から不思議系の彼女はともかく、
    ユズキにも見えているし、俺も…見えてる…

    「お兄さんを求めてこんなにたくさん…
     お友達になりたいと集まってきてしまいました。」

    俺はベンチから飛び上がるようにして立ち上がった。
    彼女のセリフを訊いて悲鳴を上げなかった自分を褒めてやりたい。
    赤く腫上がった顔の隣に別の顔がある。
    その隣にも…またその隣に…幾重にもなって俺を見つめている。
    ひしゃげ…潰され…割れ砕けた無惨なデスマスク達…

    「これからどんどん数を増やして、ここへ這い上がってきます。
     お兄さんはユズキと手を繋いで彼らに捕まらないよう逃げてください。
     そして、精神衛生上…ホームの端から先は視ないことをお勧めします」

    そんなこと言われても…手!手が出た!!手が出てる!?
    ホームの向こうからずるずると血の気のない青白い手が…天に伸びるように…一本…二本…
    熟れたトマトみたいな顔…口の端が吊りあがる…
    雪輪屋さんが浮かべた笑みよりさらに深い…にんまりと…邪悪な笑み…
    奴等は…ひとり、またひとりと…ホームの上に奴等は上半身を乗せてくる。
    まるで、レイ・ハリーハウゼンのコマ撮り特撮映画のようなぎこちなさを見せて…

    「だから見ちゃ駄目ってさーちゃん言ったのに、魅入られちゃって、金縛りになってる!
     ほら、お兄ちゃん手を繋いであげるから♪」

    ユズキがガシッと俺の手首を握ってきた。
    強い力で引っ張られ、俺は一歩踏み出す。
    妹と手を繋ぐなんて…いつ以来か…などと耽る暇もなく

    「自分が作り出した恐怖に飲まれちゃだめだよお兄ちゃん♪」

    早くここから逃げ出さなくては…連絡通路まででればいいのか?
    手足の動きが鈍い…どういうことか思ったように身体が動かない…
    酔っている妹の走る速さにまるでついていけてない。
    階段…あんなに遠かったか?下りてすぐのベンチに座った筈が…
    あと何十メートルあるんだ!?
    遠近感がおかしい…屋根を支える柱が俺を嘲笑うかの如く、ぐにゃりと歪む。
    黒い塵のようなものが、無数に舞っている。

    「たぶん、お兄ちゃんの脳は視覚野を中心に、奴等の集合意識によって乗っ取られているから、
     階段や柱の位置とか距離感、体感する時間の経過速度…平衡感覚とか痛覚とか、
     色々狂わされてる筈だよ、お兄ちゃん♪
     私が誘導するから、それに従わなくちゃダメだからね♪」

    ユズキも雪輪屋さんもなんでそんなにこの異常事態に詳しいんだ?
    視界の端にホームを這い上がってくる奴等の姿を捉えた。
    最初にホームへ上がった奴…どうなってる?
    追ってきているのか?
    雪輪屋さんは…俺達を先に逃がした雪輪屋さんはどうなってる、無事なのか?

    声…化鳥のような…甲高い悲鳴…いや、あれは断末魔か?
    声は一度ではなく、異変を察知して慌てて飛び立つ水鳥の群れみたいに…

    「お兄ちゃん、階段!転ばないように三段飛ばしで上って!!」

    「無茶言うな!平衡感覚がおかしくなってんだ!
     ユズキ、後どうなってる!?あの声と音は?雪輪屋さんは!?」

    陶器が割れるような…硬質的なものが砕けたような音も聞こえる。
    俺達を先に生かせた雪輪屋さんが奴等に何かされているのだろうか?
    頭上にある蛍光灯が激しく明滅を繰り返す。

    「あの子はあっち関係で神様レベルが相手じゃなければ殆ど無敵だから大丈夫!」

    「何者だよ彼女!?」

    「元は神様の生贄になる為に育てられてきた存在だったとか!?」

    「な、なんだそれは!?」

    「いいから走って、お兄ちゃん!」

    手摺を左手が掴む。やっと階段まで来たか。
    コンクリート製の上り階段がぐにゃりと歪み…
    まるでテレビ映像を視ているみたいな、視界に白いノイズが走り、ブレを生じ…
    歩きづらい…足場が…段差が…膝くらいまで高くなったり、平面に見えたり…
    これをあの…ホーム下から這い上がってきた奴等がやっている…事なのだろうか?
    泥酔していたとしても、これほど酷くはならない。
    ユズキに引っ張られておっかなびっくり階段を上っていく。
    例の音と声が…俺の背後から休むことなく聞こえている。
    振り向きたい欲求を必死で押さえ込む…
    最後の一段…

    「結界を抜けたよ」

    妹の走る速度が緩む。もう、安心…なのか?
    息を切らして足を止め、身体を折ろうとする俺をユズキは許さない。

    「違うから、まだ安全圏じゃないから!」

    妹は俺の手を離さず、引っ張って連絡通路をどんどん進んでいく。

    「雪輪屋さんが来ないぞ?」

    「サーちゃんは大丈夫だから、心配なら窓からさっきまでいたホーム見てみれば?」

    友人を信頼しきっているのかユズキは確かめようともしない。
    あんな異常現象に見舞われて…気にならないのか。
    少し、薄情なんじゃないだろうか我が妹は…
    ユズキに手を引かれながら窓辺へ寄り、ホームに追いついてこない雪輪屋さんの姿を探す。
    いた!奴等に囲まれ…
    腰まで届く艶やかな黒髪が宙を舞い…コートの裾が翻る。

    「あ、あああ…」

    清楚…可憐…海辺で波と戯れる少女の如く…楽しそうに…無邪気に…
    ホームへ這い上がってきた異形達の頭を踏み潰してまわる雪輪屋さんの姿があった。
    あの悲鳴…破砕音は…奴等の…

    俺は結局、実家へは帰れず…
    ユズキのアパートへ、雪輪屋さんと一緒に泊めてもらう事となった。
    あんな異常体験して、飲まずに寝れるものかと
    アパート近くのコンビニで酒と摘みを買い込んで、風呂上りの二人を誘い酒盛りとなった。
    パジャマ姿になった雪輪屋さんから酌をしてもらい、
    スーパーニッカをストレートで煽って良い具合になってくると
    聞きたくなってくる…知りたくなってくるものだな。
    雪輪屋さんは人見知りに戻ってしまい…ユズキから話を聞くことになった。
    二人共、女子高時代からああいった体験を何度もしていたらしい。
    雪輪屋さんは昔から霊感が強く、霊に対する対処法をいくつも心得ていて、
    妹も長い付き合いの間にその薫陶を受けたそうだ。
    巷で俗に言う『視える子』のレベルを遥かに超えている…
    弱い幽霊であれば足で踏み潰して消し去ることも可能なんだとか…
    雪輪屋さんは…ある程度まで数を減らさないと結界とやらが解けないから仕方なくと言ってたが…
    隣のホームから始終を見ていた俺にはそうは見えなかった。
    彼女が喜々として幽霊を踏み潰す地獄絵図が脳裏に甦る… 甦ったのだがすぐに消えた。

    「グラスが空いていますよ、お兄さん」

    「!!」

    パジャマの前が大胆に開いている…何という事だ…ボタンが二つも外れている…
    豊満な二つの双丘を豪奢に彩り飾る筈の…下着の布地が一切見えない。
    まさか、着けてないのか?手を伸ばせば届く距離で重そうに揺れる雪輪屋さんの無防備な…
    理性が吹っ飛びそうになる。
    異形の頭を踏み潰す雪輪屋さんの恐怖映像は跡形も無く吹っ飛んだ。
    弩級の巨乳を持つ女の子に酌してもらって飲むなんて事が、残りの人生であと
    何回あるだろうか…
    雪輪屋さんの…迫力満点の胸前で掲げられたウイスキーのボトルが傾き…
    俺が手に持つ空のグラスへ琥珀色の液体が中ほどまで注ぎ込まれる。
    トクトクと心地よい音…待ちきれずグラスに口が向う。
    トロリとした、まろやかな口当たりと芳醇な香り…豊かなコク…
    スーパーニッカこんなに旨かったか?
    Whyte and Mackayの22年に匹敵するぞ?
    ユズキは寝るとか言って自分の寝室へ消えたが、俺は構わず飲み続けた。
    雪輪屋さん残って嫌な顔ひとつ見せず酌をしてくれ…
    ボトルの中身が1/3位に減ったまでは覚えているが…その先の記憶が無い。
    喉の渇きを覚えて目を醒ますと…俺は雪輪屋さんの膝枕で眠っていた。
    白い指で髪を梳かれながら
    良い匂いに包まれ…
    柔らかい太腿の感触…
    パジャマがはち切れそうなくらいに膨らんだ胸の双丘…
    囁くように紡ぎだされる彼女の甘い声…

    「私は心霊スポットと呼ばれる
     各地で幽霊が出ると言われている場所を
     休日などを利用して訪ねて廻ることを趣味としています。
     ネットで知り合った天之津君から、
     心霊スポット探検を数人の仲間とやってるから一緒にどう?
     と誘われたのがきっかけです。
     それから現在まで探検に同行して
     数々の怪異と遭遇、恐怖に心臓を鷲掴みされ、
     すくみ上がって満足に身体が動かない状態で
     闇の中を半泣きになって逃げ回り
     這々の体で車に辿り着いたこと数度…
     遊園地などのアトラクションでは味わうことができない
     保障も保険も安全装置もまるでない
     全ては自己責任でギリギリのスリルを楽しむ
     心霊スポット探検…
     私は完全にはまってしまいました…………なぁんて♪
     そろそろ目を覚まさないと
     終電乗り遅れますよお兄さん」

    「………………」

    バチッと瞼を開いた。
    ホームに電車が来ている。頭上のスピーカーから最終電車のアナウンスが流れる。
    いつの間にかベンチで横になって寝ていたのか俺…
    慌てて起き上がり、ブリーフケースを引っ掴んで電車へ乗り込む。
    車内には疲れた顔した客達がいる…
    ホームには業務に勤しむ駅員もいる…発車メロディが鳴り響く。
    目の前のドアが閉まる。
    全部、夢… 見てた…というのだろうか?
    妹と雪輪屋さんに会ったのも…あの、ホーム下から這い上がってきた異形共も…
    ちがうよと誰かが俺の頭の中で囁いた。
    ほら、見てとも…
    窓の向こう…何かが動いた。
    俺が座っていたベンチ…滑り落ちる…グレイッシュピンクの…
    トレンチコートか!?
    あれは彼女の…雪輪屋さんが着ていた…
    誰だ、雪輪屋さん…というのは!?
    名前も貌も記憶にあった…あることは…あるのだが…
    昔から知っていたつもりだったが…雪輪屋という、あの女を俺は知らない…
    いや、知っている…どういう事だ…記憶が…
    特定の記憶…同時系列に別人が認識されて二つ存在している!?
    あの女は実家へ遊びに来たことなどない…来ていたのは…
    妹の女子高以来の親友で、雪輪屋なんて姓を持つ女など俺は知らない。
    腰まで流れる艶やかな黒髪、白磁の様に白い肌…
    眼鏡の似合う…おっとりとした相貌、小柄な割りに豊か過ぎる胸部…特徴が合致する知人はいる。
    それは全くの別人、妹の女子高以来の友人で…名前が違う…顔も違う…性格も違う…
    雪輪屋という女の情報が、その知人の情報へ上書きされている…
    知らぬ間に俺が持っている妹の友人の記憶が改竄されてしまった…と、言うのか?
    出来の悪い…出来損ないの悪夢を見せられているようだ。
    ホームの上、椅子から落ちたトレンチコートがもぞもぞと動いているのが見える。
    何か中にいるのか…膨らんでいる。
    一匹の猫が顔を出した。
    黒猫だった。
    コートの傍らへこちらを向いてちょこんと座ると、
    天に向けて立った長い尾が…いきなり縦に…真っ二つに裂けた。
    尾がふたつの黒猫…
    もしかして、これはまだ夢の中なのだろうか…
    俺を乗せた最終電車は走り出す。
    そして、ゆっくりとスピードを上げながら駅を離れて行った。

    (おしまい)

     
  • こげ

    私は心霊スポットと呼ばれる
    各地で幽霊が出ると言われている場所を
    休日などを利用して訪ねて廻ることを趣味としています。
    ネットで知り合った天之津君から、
    心霊スポット探検を数人の仲間とやってるから一緒にどう?
    と誘われたのがきっかけです。
    それから現在まで探検に同行して
    数々の怪異と遭遇、恐怖に心臓を鷲掴みされ、
    すくみ上がって満足に身体が動かない状態で
    闇の中を半泣きになって逃げ回り
    這々の体で車に辿り着いたこと数度…
    遊園地などのアトラクションでは味わうことができない
    保障も保険も安全装置もまるでない
    全ては自己責任でギリギリのスリルを楽しむ
    心霊スポット探検…
    私は完全にはまっていましたが…
    今回はスポット以外でのお話です。

    重い扉を開けると、程好く明るさを抑えた店内…
    カウンターの向こうから初老のバーテンダーさんが出迎えてくれます。
    この隠れ家的な独特の雰囲気…大好きなんですよね。
    若いバーテンダーさんにコートを預けてカウンターチェアへ腰を下ろします。
    白いものが混じる総髪を後ろへ撫でつけ、
    バーコートを華麗に着こなすバーテンダーさんの後ろ、
    ウイスキーやリキュール類のボトルがずらりと並んだバックバーは埃ひとつなく清潔…
    時間的に早いのでしょうか、店内にお客さんの姿はありません。
    いつも、会社の上司や同僚と一緒に来るのですが、
    今夜は私一人…
    駅前からわずかに入った路地…雑居ビルの掘り下げになった階段を下りた突き当りに、
    出入り口となるドアを見つけることができます。
    目立たぬよう、ひっそりと佇むこのお店…
    私のお気に入り。
    金曜日の夜、実は友人から紹介された男性と食事をしてきての帰り道…
    ちょっとだけ、お酒が飲みたいなと、
    立ち寄った訳なのです。

    「ブルームーンをお願いします」

    本日、お会いした男性…
    学歴も勤務先もルックスも服のセンスも申し分無し、
    女性のあしらい方も慣れて様になっているし、クラっと来たのは確かです。
    迎えに現れた車もアルファスパイダーと来てはケチの付け様もございません。
    姫君を迎えるようにドアを開けられたナビ側の席…
    乗り込むとき、ちょっと短すぎたと後悔したスカートの裾…
    人と車で溢れた街中から郊外へ向けてバイパスを滑らかな加速をみせて走るGTV…
    静かに流れるビル・エヴァンス…数を減らしていく街明かり…
    闇が濃くなり、フロントガラスの向こうで無数に煌く冬の星達…
    飽きさせない豊富な話題…巧みな話術…
    深くシートに身を沈める…安心感…
    鬱蒼とした林の中を道なりに進むと石造りの落ち着いた雰囲気の建物…
    外灯に照らし出される石畳の駐車場…
    ここが以前から来てみたいと思っていたリストランテ…
    店内は白が基調とされ…きらびやかで豪華…
    所作の洗練されたギャルソン達…
    テーブルへ並べられるオーナーシェフが腕を奮った料理…
    豊富なワインリスト…
    イタリアのメディチ家からフランス王家へ嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスから始まる
    フランス料理の隆盛、フランス料理にまつわる逸話が彼の口から次々と語られ…
    耳に心地良く、口下手な私は微笑と相槌で返すのが精一杯…
    でも、本当に楽しい晩餐でした。
    食事の後、別室でプティフールとエスプレッソを頂いている時、
    夜のドライブへ誘われたのですが…
    初対面の男性と長時間過すのはやはり怖いもので…
    丁重にお断りすると…彼は嫌な顔ひとつ見せず
    次こそはあなたから信頼を勝ち取れるよう努力しますと一言、
    往路と変らぬ態度で…駅前まで送っていただき、
    次に逢う約束と連絡先の交換をしてお別れしました。
    去っていくアルファスパイダーを見送り、
    彼を紹介してくれた友人に報告の電話を入れ…
    それからこのお店に入ったのでした。
    彼が車だったから…私だけ飲むなんて出来ないので…
    せっかくソムリエのいるリストランテだったのに…
    お酒、飲みたかったぁ♪

    バーテンダーさんの振る腕がゆっくりとなり…
    優雅に胸の前で蓋を外し…グラスの直上で傾けられた霜付きのシェイカー。
    私の前に置かれたグラスへ美しい液体がなみなみと注がれました。
    ドライジン30ml、クレーム・ド・バイオレット15ml、レモンジュース15ml…
    味もさることながら、すみれ色の見事な色彩…この色、大好きなのです♪
    カクテル言葉は出来ない相談、奇跡の予感…かなわぬ恋…完全なる愛なんてものもありますね。
    とってもよく冷えています。
    シェイクで氷を割り過ぎた為の加水…なんてことがないから味もしっかりしてます。
    さすが、魔術師と呼ばれるだけの腕前…
    喉をごくっと鳴らせて一気に飲み干してしまいました。

    「ぷはーって言いたい気分!」

    「枡酒に手塩の方が良かったかもしれませんね」

    「お見事な飲みっぷりです」

    バーテンダーさん二人に笑われてしまいました。
    冬は日本酒ですよね♪日本酒バーって言うお店もあるんですよね♪
    バックバー?酒棚に一升瓶がずらりと並んで…壮観…日本酒に合う料理…
    次は和食が良いですねと彼が…どうしましょう、懐石も良いですけど、お鮨…
    この時期、暖かいものがいいかも♪
    お鍋やおでん…そこまで親しい関係でもないし…なってないし…
    牡蠣をベーコンで巻いて炙って…しいたけにエビのすり身を…串焼き料理か…
    だめ、ブルームーンを飲んで気持ちを冷静にしようと思ったのに…
    あんな素敵な男性と私なんかがお付き合いできるわけないですよ絶対…
    我に返るとカウンターの向こうでバーテンダーさんがにこにこ…
    あ、ええと…次は何を頂こうかな…バーにメニューなんかありませんから、
    視線を逸らすの大変です。
    日本酒のカクテルですかぁ…春の雪…サムライ・ロック…サケティーニ…
    ちょっと今の気分とは合いません…
    スコッチ、バーボン…という気分でもありません。
    無理とか言いながら…なんか幸せ感じちゃってますよ私…

    「次はアイオープナーをお願いします」

    ラム30ml、オレンジキュラソー2dash、ペルノ2dash、
    クレーム・ド・ノワヨー2dash、砂糖1tsp、卵黄1個をシェイク…
    カクテル言葉は…運命の出会い…なんてものを頼んじゃったの私!?
    すっごく恥かしいデス…
    全然、冷静になってないし…バーテンダーさんには丸分かりですよ、きっと…
    次はウイスキーミスト、その次はエンジェルズ・ティップ…
    ちょっとだけのつもりが…グラスをどんどん重ねていってます。
    アイスブレイカーをいただいていると入り口の重いドアが開く音…
    冷たい外気が店内に入り込んできました。
    私に次ぐ、二人目のお客さん登場です。
    若いバーテンダーさんが上着を預かる為に入り口へと向かいます。
    どんなお客さんがいらしたのかなと入り口を横目で見れば、
    レザーのハーフコートを着た五十代くらいの男性…
    その後ろに白いブラウスにチェック柄のベスト、セミタイトスカートという
    事務服姿をした二十代半ばほどの女性が一人…

    「お!あんたは」

    カウンターまでやってきた男性が私を見て驚きの声をあげました。
    ごめんなさい、どなたですか?
    じぃ~っと男性のお顔を遠慮なく見つめさせていただいたのですが…記憶に全然…

    「タクシーの運ちゃんだよ!昼間助けて貰った」

    思い出しました!ランチを食べに外出した時、確かに遇いました。
    で…いいのかな…
    タクシーの運転手と事務服の女性を確かに!
    運転手さんは私の隣へ座ってジャックダニエルを注文、
    女性は運転手さんのその隣…

    「バーテンさんよ、この娘さんの払いは俺に付けてくんな、命の恩人なんだ」

    「かしこまりました」

    「いえ、そんな…気にしないで下さい…」

    「で、何があったんです?」

    「俺はちょうど客を乗っけてるところだったと思ってくれ。
     そこへ通りかかった娘さんがあぶないって声をかけてくれなかったら
     後ろから来たダンプに踏み潰されて今頃、病院のベッドの上か…
     坊さんの世話になってるところだった。
     酒代くらいは俺に奢らせてくれや」

    それで、おじさんと初老のバーテンダーさん二人の四人で会話が弾んだのですが…
    若いバーテンダーさんが昼間の事で気になったことがあると言いだし、
    場の雰囲気が一変しました。

    「どうしてダンプがおかしいと気が付いたんですか?」

    「え?ええと、私がおかしいと思ったのは…タクシーのお客さんでした」

    「どういうことでしょう?」

    「ああ、あの客か…確かに不思議な事もあるもんだよな。
     交差点を右折してすぐ、手を上げている人がいるのを見つけて…
     車を停める間に、客の身なりでだいたい乗せる距離とか分かるもんだ…
     あ、近場だなとか…会社の事務服着た女だから買い物かとか…
     それで、その人の前で停まった。後ろのドアを開けてお客が乗り込むのを確認して…
     行き先を訊ねようと振り返ると座席に客の姿はない…まだ外にいた」

    「はあ?」

    若いバーテンダーさん、遠慮なしです。
    その言動に初老のバーテンダーさん…表情を曇らせていますよ?
    お昼休み、私は牡蠣フライ定食860円を食べに同僚と通りまで出ますと、
    交差点を右折してきたタクシーが、私達の二、三十メートル先の誰もいない所へ停車して
    何度も何度も後部座席のドアを開閉している奇妙な光景を目撃したのでした。
    近づいていくと、後部座席にお客さんの後頭部が見えます。
    もう、乗っているのに出発しないでドアの開閉を繰り返ししてるし…おかしいなって。
    タクシーの真横へ来たときに分かったんです。
    後ろの座席へ乗せたお客さん…顔が血まみれ…と言うか…目鼻が…
    耳から前が切断されたみたいになくなっていました。
    生きてないことは確実…

    「おかしいなとドアを開けると、客は乗り込んでくる…
     ルームミラーで確認すると座席には誰もいない…振り返ってみると確かにいない。
     外を見ると、同じ客が乗せてもらうのを待っている。 
     何度もその繰り返し…気味が悪くてもお客なんだと思うと、
     乗せないといけない気持ちが働いて…また後部座席のドアを開ける」

    そこで運転手さんはグラスを口に運んでふぅとため息をつきました。
    確か、以前…この辺で女性が意識を亡くした運転手の乗るトラックに轢かれて亡くなる
    交通事故があったことを思い出したんです。
    それが事実であったことを裏付ける、信号機の根元にその名残がありました。
    タクシーの客席に座っているのは幽霊…
    かなり性質の良くない部類であるということは決定ですが…
    その場にタクシーを釘付け状態にしている理由は?何がしたいのか…
    背筋がゾクっときました。
    背後…恐る恐る振り返りますと…妙な雰囲気を纏いふらふらと車体を揺らしながら
    こちらへ向かってくる一台のダンプカーが…
    あの事故…確か、タクシーへ乗り込む途中だった女性が…タクシーの運転手さんは軽傷で…

    「今度は助手席の窓が激しく叩かれて…それで我に返ったんだ。
     窓を叩きながら逃げて!って必死に叫んでるこの娘さんがいた。
     なんだ?って…娘さん、今度は後ろを指しているんで振り返ると
     でっかいダンプがこっちへやって来るのが見えた。
     あれがどうしたんだ?でも、娘さんが必死で逃げろと言ってるから
     分かったから離れろって手で合図してな、車を出したんだ。
     本当に危なかった。ダンプは車を停めていたところから路肩へ乗り上げてな…
     木とかにぶつかりながら歩道を走って横倒しになって停まった」

    身体が勝手に動いていました。
    運転手さん…誘われていたんだ!
    同僚達を置いてタクシーへと駆け寄り、
    助手席側の窓を叩いて運転手さんに逃げろって…叫んで…
    車が出て間もなく…タクシーが停まっていた場所へダンプカーが突っ込んできて…
    路肩を乗り上げ街路樹を薙ぎ倒して、最後に車体は横転…
    タクシーの運転手さんが戻ってきて…やじ馬が集まりだし…
    ダンプカーの運転手さんはどうなったのか…
    同僚に休み時間がなくなるって、余計な事に首を突っ込むなって
    引っ張られてランチへ向かったので、その後のことは分かりませんでした。

    「呆然となった。でも、これは大事故だと…警察と消防には俺が連絡を入れた。
     会社にも事故を目撃したことを言ってな。
     娘さんとお客はあれからどうなったのか…周りを探したが見つからず終いで…
     ダンプの運転手は意識が無いらしくて救急車で運ばれていった。
     幸い、事故に巻き込まれた人間は誰もいないと聞いて、娘さんもお客も無事だったんだろうって。
     それが、一人で祝杯をあげようと立ち寄った店で偶然、命の恩人と再会できたなんてな」

    「そのお客さんの顔を覚えていらっしゃいますか?」

    「お、おう当たり前よ!と…言いたいところだが…どういうことだ?
     こんなの初めてだ、まったく思い出せない」

    運転手さんの隣に立つ事務服の女性…終始無言で寄り添っています…
    ずっと一緒だったのですね。
    椅子から下りて女性の許へ向かいます。
    昼間…同僚に引っ張られて事故現場を去るとき…
    道に佇むその姿と変わりなく…顔は削り取られたように無くなって…
    千切れかけた左手はくるぶしにまで届きそうなくらいに垂れ…
    良く見てみますと…身体は左側の破損が酷いです。
    膝も大腿骨も砕けているみたいで、足首も90度以上曲がっているし…
    でも、事務服には汚れも破れも…傷ひとつ無く…
    いえ、肩にかかるナチュラルな内巻きの黒髪も…
    あれほどひどいダメージを受けている左手のネイルも…綺麗なまま…
    どんなに身体は酷い傷を負っても守りたかったのでしょうか…
    身体の破損も酷いですが…心の崩壊もすさまじかったようですね…
    即死ではなかった…五感も聴覚だけ生きていたみたいです。
    自分はこれほどの傷を負い…死ぬ運命…それなのにタクシーの運転手は無事…
    なぜ、自分がこんな目に遭うのか…
    なぜ、タクシーの運転手は生きることを許されたのか…
    妬み…羨望…憎悪…怨み…
    タクシーの運転手は絶対に逃がさない…
    死の間際で芽生えた呪詛…
    私の頭の中へ無数の呪いの言葉が重なり線となり、螺旋を描いて入ってきます。
    もぞもぞと多足蠢くムカデみたいになって…頭蓋骨の中へ…
    しかし、呪詛の対象となる条件を私は満たしていないので、その攻撃は通じません。
    頭蓋骨内部に響く声が気持ち悪いと思う程度です。
    逆に運転手さんは…今は聞こえていませんが、だんだんと呪詛を聞き取れるようになっていく筈…
    それが破滅の始まりになる…

    「運転手さん、次はソルティドッグなど如何でしょうか?」

    私の突然の提案です。
    ウォッカ20ml、グレープフルーツジュース40ml、食塩少々とレモンの輪切りを使用します。
    オールドファッショングラスの縁をレモンで濡らして食塩を付けてスノースタイルにし、
    グラスに氷を入れて、ウオッカ、グレープフルーツジュースを注ぎ、ステアして完成です。

    「娘さんが飲めと言うなら喜んでいただこうか」

    「では、この塩を軽く炙って湿気を飛ばし、
     冷ましてからスノースタイルにしてソルティドッグを作ってください」

    「それは特別な塩なのですか?」

    「中味は事勝因勝長狭神を祀る神社からいただいた清め塩です」

    運転手さんの隣、事務服の女性が身じろぎをしました。
    私はバッグから取り出した包みを初老のバーテンダーさんへ渡します。
    事勝因勝長狭神は塩の神です。塩竈明神の方が有名でしょうか。
    日本書紀では塩土老翁・塩筒老翁と表記されています。
    私と会ってから半日…運転手さんにあの女性は取り憑いていました。
    呪詛に取り込まれていると考えても間違いじゃないと思います。
    経験上、それほど強い悪質なものではありませんが、
    自殺へと追い込んだり、事故になるように誘い込むくらいはやってのける程度の力は持っています。
    早いうちになんとか対策しないと運転手さんがあぶないです。

    「なるほど…」

    初老のバーテンダーさんは運転手さんを一瞥…そして、了承してくださいました。
    アルミ箔の上に包みを解いて塩を乗せ、
    カウンターへ入った若いバーテンダーさんがコンロで軽く炙ります。
    しっとりしていた塩が熱されパラパラにばらけてきました。
    それをお皿に乗せて冷ましている間に、バーテンダーさんはソルティドッグの準備に取り掛かります。
    室内の気温を考えて時間まで計算済みということですか…
    オールドファッショングラスとは違うものを二つ用意しました。
    何でしょうか…縁のデザインが違います。
    ウォッカとグレープフルーツジュースの壜をカウンターに置き、
    冷蔵庫からレモンを取り出して輪切りにします。

    「濡らしてはせっかく炙った塩が台無しになってしまいます」

    初老のバーテンダーさんが逆さに持ったグラスの縁を
    お皿に盛られた塩に付けて廻していきますと…
    不思議なことに…レモンで濡らしていないグラスの縁へ塩が綺麗に付着してます。
    グラスを変えたから?それともバーテンダーさんの…
    上下を戻したグラスへ氷を入れ、ウォッカとグレープジュースを注いでステア…
    輪切りにしたレモンにバースプーンのフォーク部を刺してひねり…果汁を一滴二滴と
    バーテンダーさんはグラスへ垂らしました。

    「ソルティドッグにございます」

    運転手さんの前に置かれたグラス…それを手に取って塩を舐めながらひとくち…
    とても美味しいみたいで、運転手さんはあっという間に飲み干してしまいました。
    隣にいた事務服の女性は効果覿面…
    言葉は私に届かなくなり…傷だらけの身体から何かが離れようともがいていますが…無理です。
    女性と共に空気中へ溶けるように消えていきます。
    苦しむことさえも許さない…散って消えてゆくだけ…

    「呪いの言葉で人を弄うを寡黙によって封じる」

    「神道で祀られる神の名を出したのはブラフです。
     あの場所に留まって呪詛を吐き続けていれば悪質なモノ達がやってきて力を貸し、
     より大きな存在になろうと…力を蓄える為にあなたを利用しようと考えるでしょう。
     だとしたら、この国の神を用いて除霊を図る拝み屋、法師対策は万全と読みました。
     私の目的は…あなたを…もう、あなた達かもしれませんが、油断をさせる事、
     油断してバーテンダーさんが作ったソルティドッグを運転手さんが飲まれるのを許す事…」

    「ソルティドッグのカクテル言葉は『寡黙』…
     寡黙は鹿目…持ち主を守る護符となる。
     寡黙は火木…木を燃やして火は熾る…霊は水木の性…木を焼き尽くす赤い炎…
     霊は水木の性…五主で言う水は髪、木は爪…火は血脈
     霊は水木の性…五事で言う水は聴、木は貌…火は視
     霊は水木の性…五志で言う水は恐、木は怒…火は喜笑
     霊は水木の性…五声で言う木は呼、水は呻…火は言…呼呻を言で以って封じる」

    「神のグラスならぬ
     これが魔術師のグラスです」

    お酒の歴史は非常に古く、有史以前から作られていました。
    南米・アジア・アフリカのごく一部で現在も行われ続けている…
    各種穀物を口に入れ噛み砕いた後、瓶や甕に吐き出し集め発酵を待つという…口噛み酒…
    これが原初のお酒だと言われています。
    以後、酒造りに大きな功績を残した人は神と崇められ…お酒は神事に欠かせないものとなりました。
    時代は変わり十世紀頃、蒸留酒が発明され…それは錬金術師が偶然に作り出したものだと伝えられています。
    蒸留酒はアクア・ヴィテ…『生命の水』と呼ばれ、
    フランスではオード・ヴィー、ゲール語ではウュク・ベーハーとなり…
    後に作られたウイスキーやウォッカの名もここから由来しています。
    エリクサー、エリクシール、エリクシア、イリクサ、エリクシル剤…それから賢者の石は、
    不老不死となれると伝えられる霊薬、万能薬の意味で、
    全ては『生命の水』という言葉が元になっているのです。
    そういうわけで中世からお酒と錬金術…魔術は切っても切れない縁があり…
    『生命の水』の子孫達を客に饗する酒場…
    現代のバーに身を置く魔術師も存在するのです。
    初老のバーテンダーさんは儀式魔術師でもありました。
    若い方はそのお弟子さんです。

    「運転手さん本人に奇妙なお客さんをタクシーに乗せたという話をしてもらったのは
     現在進行形の憑依は本意ではないと霊に示す為ですね。
     気味の悪いや違和感を拒絶という名の境界線を無意識下に引かせて
     憑依してできた曖昧から霊だけを分離して浮かび上がらせた訳ですか
     ソルティドッグの力が運転手さんへ及ばないように…」

    「ええ、『寡黙』は強いですから」

    「あれって…魔術?呪禁みたいな要素もあった気がしますが…五行思想がベース?
     もしかして相乗…いえ、もしかしてこれってカクテルですか?」

    「ご想像に」

    「あ、今になって漸く気が付きました。
     運転手さんが来店されてすぐに対策を打たれていたんですね!
     なんか凄いのを!それが…私がソルティドッグとか塩とか余計なこと言っちゃって…」

    「いえ、お客様が機転を利かせていただいたお陰で、あ奴らが警戒を一気に解いてくれました」

    運転手さんは二杯目のソルティドッグを嬉しそうに飲まれています。
    霊に取り憑かれていたことも知らず、今起きた攻防戦も知らず…
    それが良いと思います。
    真相など教えず忘れてしまった方が運転手さんの為だと…
    もう一杯ずつお酒を頼み…飲み終えると運転手さんは支払いを済ませて店を出て行きました。
    彼の後をつける事務服姿の女性はいません。
    もう、運転手さんと私が会うことも二度と無いでしょう。
    店内に僅かな気配はまだ残っていますが、バーテンダーさん達が清掃をする時に清めてくれる筈です。
    さて、帰るとしますか。
    預けていたコートを着せていただき、重い扉を開けてもらって外へ出ました。
    酔っているからか寒さは全然、感じません。
    ただ飯ただ酒にありつけて、今夜は最高♪
    真円に近い銀月の下、
    大股で両手を大きく振って駅へ向かう上機嫌な私でした。

    友人に紹介してもらったアルファの君ですが…
    なんでも、昨夜…帰宅した彼の前に巨大な二匹の化け物が現れて、
    「ボク達のママをたぶらかす悪いやつは絶対に許さないでし!」
    「ボク達の力を見せつけてあげるでちゅ!」
    とか意味不明なことを言って脅し…庭を滅茶苦茶に破壊して去っていったとか…
    ママというのは私の事を指しているのだろうという結論に至ったので…
    そんな理由なのでお付き合いはお断りさせてくださいと…今朝、私に連絡がありました。
    私とは釣り合わないくらいの上玉?雲上の男性でしたし…まぁ…
    上手く行ったらご喝采とは思っていましたが…昨夜はなんか良い雰囲気だったし…
    それが一夜明けてみれば…こんな事態に…かなりのショックでした。
    プラス、世にも珍しい交際の断られ方しちゃって…なんでママ=私!?
    部屋のお掃除しながら落ち込んでいたら…
    私の部屋を目指して階段を上ってくる可愛い足音が聞こえてきました。
    私が愛する子供達♪

    「はーい、ママはこっちでちゅよ♪」

    ドアがバン!とすごい音を立てて開くと、
    現れたのはもふもふ犬の太郎ちゃんとホットケーキ色した猫のメイプルちゃん♪
    どこで遊んできたのか…手足にお腹…可愛いお顔まで泥だらけです。
    綺麗好きな良い子達なのに今日はどうしたのでしょう?
    上機嫌らしくていきなり、私に飛びついてきました。
    慌てて抱きとめると、ぺろぺろざらざら…私の顔を可愛い舌で舐めまわしてきます。
    どちらも興奮していて宥めようとしても全然駄目で…

    「そんな泥んこでお母さんに見つかったら叱られちゃうよ?」

    「きゃんきゃんきゃんきゃん!」「にい、にぃにぃにぃにぃ!」

    「もう!太郎ちゃんもメイちゃんもチューはダメだってば♪」

    何を私に伝えたいやら…
    エプロンしているから良いか…ベッドへふたりを抱いたまま仰向けでダイブ♪
    この子達が落ち着くまで、したいようにさせてあげました。

    (おしまい)

     
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