妖虫譚/HN:ゴールドシップ

妖虫譚/HN:ゴールドシップ

◇ 白い蝶

コツコツと、背後でヒールがアスファルトを叩く。

不意の靴音に振り返っても、誰も居ない。

後ろの街灯の下に、一匹の白く大きな蛾だか蝶だかが飛んでいるばかり。

梅雨入り頭の、肌寒く湿った夜。

闇夜に、まるで他の生き物の気配はなく、その虫だけしか居ないかのようだ。

しかし、だからといって近寄ってみる気持ちにはならなかった。

ぽつり、と雨粒が頬を打つ。

「早く帰ろう」と前を向いた。

もう一度振り返ろうと思ったけれど、やっぱり、やめた。

◇ 泡蜘蛛

ベランダに小さく可愛らしい蜘蛛が居た。

ついっ、と糸を伸ばして、鉄製のてすりにぶら下がっている。

ついっ、ついっ、と楽しげに糸を伸ばしてゆく蜘蛛を眺めていたら、突然、蜘蛛が消えてしまった。

まるで、シャボン玉が弾けるように、パチン、と。

辺りを見回しても何処にも居ない。

微かな蜘蛛の糸すら、もう残ってはいない。

幻のように現れて、たまゆらに消えてしまった蜘蛛は、やけに丸っこかった。

まるで、弾ける直前、思えば、そんな風情にも見えた。

◇ 天井の虫

「冬になりましてね、家の中で、小さな虫がリビングの天井に止まっているのに気付いたんです。
来る日も来る日も、同じ場所に。小さな蜂か虻か、そんな感じの虫でした」

Oさんは言う。

「ただ、そこにじっとしているだけだし、別に追い払う気もありませんでした。冬ごもりの場所に我が家を選んだのかな、くらいの気持ちでした。
愛着も出てきてね、朝、リビングに入る時に『おはよう』って声を掛けたりしてね」

ある朝も天井の虫に『おはよう』と声をかけたそうだ。

「そうして、ローテーブルを見れば、テーブルの上のコップに残ったの中で、同じ虫が死んでいるんです。
夜中に喉が乾いて飲んだ水がそのままだったんですね。
思わず天井を見れば、そこにはもう、虫は居ないんです。
ほんの僅かな時間で、飛んで落ちたとも思えない。
飛ぶ気配も感じなかった」

つまり、Oさんは、天井の虫とコップの中の虫を同じものと言っているのだ。虫の霊?

「まぁ、一寸の虫にも五分の魂といいますから。
そういえば、餌も食べず、水も飲まずにいたんですよね。花も無い室内だし、本当はもう、冬なんて越せなかったのかもしれない。
多分ね、最後の『おはよう』を聞いてくれる為に、あすこで待ってたんじゃないかな」

Oさんは、微笑んでそう語った。

コップの虫は、土に返した、それきり、部屋の中に虫が入り込む事は無かったと言う話だ。

◇ 鈴なり

生け垣の枝々に、蝉の抜け殻がみっしりとくっついている。

まるで、鈴なりの抜け殻。

それは、ひとつの命が、するりと脱ぎ捨てていった小さな鎧のようにも見える。

ふと、違和感を感じて、抜け殻のひとつを凝視すれば、ぱっくりと開いた背中の割れ目から、小さな紙切れが覗いている。

そっと引っ張り出せば、ごく薄い紙に、細かな、細かな、赤い文字で、何かのまじないめいた文言が、みっしりと書いてあった。

あちらの抜け殻にも、こちらの抜け殻にも、鈴なりの赤い文字。

「ひっ」と思わず小さな悲鳴をあげると、蝉の大合唱が、ぴたり、とやんだ。

そうして、何かの視線が全身に注がれる気配を覚えた。

まるで、木に隠れた無数の蝉が、こちらをじっと伺っているかのようだ。

張り詰めた緊張感の中、身じろぎすらできない。

暑さのせいではない汗が、背筋を伝っていくのをただ感じるばかり……

 
  • 匿名

    詩集を読んでるような…綺麗な作品だなと思いました。

     
  • 匿名

    最後いきなり怖くてブルっときた

     

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