【怪談】記憶の底/HN:ニョロ

記憶の底/HN:ニョロ


中学二年の春、俺は修学旅行で京都に行った。

随分前の話で、その頃は神社仏閣になどまるで興味なかったから、どこを見物したかなんて殆ど覚えちゃいない。

いや、実は覚えていないのには本当の理由がある。俺の中では、京都の記憶そのものが長いこと封印されていたのだ。

全てが上の空だった。

俺は当時、中一の三学期に味わった大失恋の痛手からまだ立ち直っておらず、気分は旅行中ずっと“若きウエルテルの悩み”状態だったのだ(笑)。

つまりその時期は自分にとって、まさに忌むべき過去なのである。

それが今年、洪水で嵐山付近に甚大な被害が出たとかで、その様子がニュースで何度も流された。

その景色には見覚えがあった。

(あ、ここ行ったかも…)

それがきっかけとなり、空白だった当時の記憶が少しずつ蘇ってきたのだ。

しかし、やはり記憶そのものは靄がかかったようにひどく曖昧で、旅行中いかに苦悩していたかを再確認するに過ぎなかったのだが(泣)。

ただ、ひとつだけ鮮明に思い出した事件がある。

旅行初日の深夜、俺たち八班の部屋では(何班かまで思い出したw)、消灯時間などとうに過ぎているというのに、怪談ライブで大いに盛り上がっていた(声を潜めながらではあるが)。

その時俺は、そのイベントに参加していなかった。前途に希望を見出だせない傷心の少年に、怪談を楽しむ心の余裕など無いのである。

お前らはノンキでいいね…

お誘いを断り、心中で溜め息をつきながら、さっさと布団に潜り込んでいたのだ。

しかし哀しいかな、当時からオカルト好きだった俺は、クダラナイと思いながらも話が気になって眠れない。どこかで聞いたような、手垢の付きまくった怪談話に、秘かに耳を傾けていたのである。

何人か話し終え、親父がコンビニの店長をしている谷崎の番に回ってきた。成績が良く、特に現国は得意で小説家志望を公然と口にするうぬぼれ野郎。

どんな話するんだろ…

俺はよく聞こえるように、布団から顔を出したのを覚えている(笑)。

だが、話が始まってすぐに失望した。内容がありきたりのタクシー怪談だったからだ。

深夜の繁華街で着物姿の女を拾う。行き先を問うと登山者がよく訪れる○○山に入ってくれと言う。

(○○山に民家なんかあったっけ…)いぶかしく思いながらもドライバーは車を発進させた。

(どうせつまらないオチだろうな…)俺はあまり期待せずに聞いていた。ついでだから、ここでその怪談を紹介しようかね(笑)。

乗車した時から挙動がおかしかった。

バックミラー越しのその女、寄ってくるハエを追い払うかのような仕草で、常にせわしなく両手を動かしていたらしい。

車一台がやっとの、外灯も無いくねくねした山道を30分程走った頃だった。突然女がケタケタ笑い始めたのだ。運転手はゾッとして、すぐに車を停め車内灯を点けた。

「お客さん!!どうしたんですか!?」後ろに目をやると、女は笑いながら車の前方、つまり運転手の背後を指差した。そして舌をちらつかせながら、舐めるように囁いたという。

「私の赤ちゃんよ~みんな私の赤ちゃん」

完全に狂っていた。彼はあまりにも恐くて振り向く事が出来ない。

コツ

何かがすぐ後ろの、フロントウインドウにあたった。

コツ

眼前では女が、心底嬉しそうに顔をひどく歪ませながら笑い続けている。

コツ

(夢であってくれー!!)堪らず手のひらで両耳を塞ぎ固く目を閉じる運転手。

コツ

?

コツ

??

コツ

???

聞こえる!!耳を塞いでるのに!!頭の中に直接響くような音だったらしい。

コツ、コツコツ…

(何なんだ!!後ろに何がいるんだ!!)

ゴン!!

ひっ!!(音が、変わった…)

ゴン!!ゴン!!ゴン!!ゴン!!ゴン!!ゴン!!ゴン!!ゴン!!

その音をかき消すように、女の声が脳内に大きく響き渡る。

「さあ、おいで~私の赤ちゃん!!」

「人間てさ、あまりにも不幸が続くと逆に可笑しくて笑っちゃうなんて事があるらしいんだけど、その運転手も、怖すぎて恐怖そのものが弾け飛んじゃったんだな。

で、どうなったかというと、無茶苦茶腹が立ってきたわけ。(俺は何もしてねえ。ただ女を乗せただけだ。なのに何でこんな目に!!)てね」

ここまで話すと谷崎の奴、稲川にでもなったつもりか一呼吸置き、聴き手の反応をうかがった。そうだ、この時確か(勿体つけんじゃねえ!!)と胸の中で毒づいたんだっけ(笑)。

「彼は(殺すなら殺せ!!)とばかりに目を開けた。ところがだ、信じられない事に目の前にいる筈の女がいない。焦った。身を乗り出して探したがどこにもいない。

その時だ!!すぐ横のガラスがゴツ!!と音をたてたんだ。反射的に顔を向け驚いた。車の外に女の顔が浮いてたんだって。ゴツ!!運転手はそれ見て気絶したらしい。ガラスに頭打ち付けてたんだよ髪振り乱した女の」

「生首が」と言った直後だった。

パキ!!!

突然、大きな音が空気を切り裂いたのだ。

一瞬で部屋が凍り付いた。

パキ!!!

また鳴った。

口から心臓が飛び出そうな恐怖とはまさにあの事だ。

ピシ!!

誰も声を発しない。俺も、あまりにも怖くて頭の中空っぽだった。

パキ!!ミシ!!

怪音は収まらない。

ピシ!!ピキ!!

叫びたいのに叫べない。誰かが叫ぶのをひたすら待ってる、そんな感じか。

「何か、変な臭いしねえ!?」

誰かが呟いた時だった。

カリカリカリカリ…

突如天井から爪で引っ掻くような音が聞こえてきたのだ。

まるで金縛りが解けたかのように皆が絶叫した。照明も点けずに我先に部屋の出口を目指す。勿論、俺も。

薄暗い筈の廊下が妙に明るく見えた。みんな顔面蒼白で泣いている奴もいた。担任の顔を見た時は、俺も正直泣きそうになる。

俺たちは取り敢えず天井の音を先生に訴えた。当然だ。ラップ音は話をややこしくするだけだからな。

教頭と旅館の従業員がすぐ部屋に向かった。

あまりにも情けない、今流行りのおネエのような悲鳴があがったのは、それからすぐの事だった(「ふすま開けたらデカイ鼠が飛び出して来たんだ」翌朝、教頭が恥ずかしそうに話していたらしい)。

旅館自体古いのに、俺たちが寝泊まりしたのは旧館、しかも裏はすぐ山だったから、そんな事が立て続けに起きても不自然じゃないのかも知れないが、鼠騒ぎでバタバタしている時、俺は、静かな筈の屋外も異様に騒がしいのに気が付いた。

烏が鳴いていたのだ。

深夜(2時過ぎ)に烏が鳴くのを俺はそれまで聞いた事が無かった。

ラップ現象と鼠と烏。まあ、単なる偶然ととらえるのが普通だ。当時の俺も(おかしな事が三つ、ほぼ同時に起きた)くらいにしか考えなかった。

さあてと、ここからは現在の俺が無理やりこじつけた見解だ。馬鹿馬鹿しいと笑わずに聞いてくれ。

谷崎が「生首」を口にした瞬間、何かが反応した。それはラップ音で明らかだ。(あれは決して家鳴りではない!!)

その何かは恐らく、その土地で昔、無惨な屍(しかばね)をさらした霊たちだ。 京都は土地柄、そういった場所も多いと聞く。

おそらく怪談が呼び水になったのだろう。見えないだけで、あの時、あの部屋には、沢山の死霊が集まりつつあったのだ。生首も飛び回っていたに違いない。

そして、あの臭い。誰かも言っていたが、部屋には、かつて嗅いだ事のないような悪臭が微かに漂っていた。

もしもあの臭いが人間の死臭と同じだったら?俺はそう考えたのだ。

言うまでもなく鼠も烏も死肉を食らう。奴らの先祖は間違いなく人間の死体を食っているのだ。

その味が、臭いが、DNAに刻まれているとしたら?奴らの先祖にとって人間の死肉はまさに極上の味であったとする。それが脳にではなく情報として遺伝子に組み込まれているとしたら?

霊の放つ死臭を嗅いだ事で、眠っていたグルメ情報が呼び覚まされ、人間の死骸がそこにあると錯覚し、鼠や烏が興奮した―そうは言えないだろうか?

食の嗜好性とDNAの密接な関係は学者の間でも立証されつつあるんだぜ?

これくらいで止めておこうか。所詮はこじつけだからね。

ただね、あの時の烏、カアカアじゃなかったんだ。狂ったようにギャーギャー騒いでたんだよね。

犬の死骸じゃ、ああはならないと思うんだよ。

こんな面白い体験を、何故長い間記憶の底に沈める事が出来たのか?

実は中一の三学期、バレンタインデーが過ぎた辺りから、憧れの彼女があの生首野郎と、いや、谷崎と一緒にいるのをちょくちょく見掛けるようになってたんだよね(泣)。

要は、谷崎関連のエピソードは全て、俺にとってはタブーだったのさ。お陰で二十歳過ぎるまで何年間も恋愛映画が観られらなかったもんな。

ちなみに、あの時部屋にいた連中にその後何かが起きたとか、そういった事は一切無い。

あっ、やばい…落武者に殺されてしまえ谷崎!!と秘かに願っていたのをふと思い出してしまった(笑)。

追記

谷崎と我が憧れのマドンナは10年程前に結婚し、現在も幸せに暮らしている。遊びじゃなく真面目な交際だった事で、ホントのところは谷崎の事、ずっと前に許している(笑)。

忌まわしき空白期間の封印は、彼への妬みが消えた頃から、既に解け始めていたのかも知れないね。

最後に、彼は作家にはならず、親戚のコネで入った市役所で今は課長をしている。

――――おわり――――

2013年12月09日(月) 21:36
ニョロ ◆-
投稿広場より掲載

 
  • 匿名

    伊藤潤二さんの独特の世界はハマります。
    色々読みましたが、「ファッションモデル」のフチが未だにトラウマです(>_<)

     
  • ドクロン

    絵も綺麗。発想や着眼点が素晴らしい。

    あの独特のタッチ、登場人物たちの奇妙な仕草や言動、目の下にくまがあって怖いんだけど美しいみたいな不思議な世界がいいですね♪

     
  • 匿名

    伊藤潤二さん好き。
    絵もきれいですよね。

     

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