【不思議】樹/HN:0.血苺

樹/HN:0.血苺

もう、結構前の話です。私は、都内のある病院に入院していました。

当時はまだ、その病院にも喫煙場所があり、私は看護師さんから窘められつつ、一服しにいったものでした。

「貴女は、死んだ家内の若い頃にそっくりです」

突然、隣に座っていた老人から言われて、面食らいました。彼はまじまじと、私の顔を見つめています。

「…そうですか…」

何とか笑顔をつくり、そう応えるのがやっとでした。

後日、お見舞いに来てくれた友人たちに話すと、大ウケしました。

「ちょっと待って…それってチャンスじゃん!うまい事とり入って、後妻に納まったら…すっごい遺産が転がり込んで来たりして~」

「ンな訳いかないよ。財産持ちの老人には、ぞろぞろ親戚が居るものなんだから…速攻でイビリ出されるね」

私たちは、そんな不謹慎な事を言い合いました。

退院後も暫くは通院していたのですが、ある日、その老人に再会しました。

何となく話し込んでしまったのは、やはり友人たちと彼を揶揄するような会話をした事に、気が咎めていたせいだったと思います。

季節は丁度、春先でした。

「樹はお好きですか?」

唐突にそう訊ねられました。

「…え…特には…」

思いがけない問いに、私は戸惑いました。芽吹き初めた桜の木を慌てて見上げ、

「花が咲くと綺麗だな、とは思いますけど…散った後は厭ですね。毛虫が居そうで」

私のこんなトンチンカンな答えに、彼は微笑みました。

「今にも枯れそうな樹に、満開の花が咲いているのを見たことが無いですか?…あれは、寿命を予期した樹が、最後の力を振り絞って、必死に咲くんですよ」

「……」

彼の話は、病院で聞くと妙に重々しく感じられました。

私たちは連れ立って病院を出ました。病院の隣に公園があり、何かの慰霊堂があります。

「ここに、大勢の人が避難してきたんですよ」

老人が慰霊堂を見ながら言いました。私は内心、苦手な話の流れだと思いました。

「ああ、第二次大戦の空襲ですか?」

「いや、関東大震災の時です」

「…はあ…」

彼の話を聞きながら、私たちはバス停に並びました。

「あそこはね、昔、旧被服廠跡という空き地だったんですよ。大震災は昼の時分どきだったから、大規模な火災が起きたんです。だから人々は空き地に避難した…この辺りだと、あの空き地ともうちょっと離れた場所の、一回り小さな空き地に殺到しました」

「だけど…旧被服廠跡地に避難した人たちは殆ど亡くなり、一回り小さな空き地に逃げた人々の多くは助かりました。何故だか分かりますか?」

「…何故ですか?」

「樹ですよ。大勢が亡くなった空き地には、樹が殆ど無かった。だけど、一回り小さな空き地には沢山樹があって、その樹に護られたんです」

「……」

私は不思議と話に惹き込まれて、バスの行く先を確認せずに、老人と同じバスに乗り込みました。間違えたと気付いたのは、走り出してからです。

…まあ、いいや…遠回りだけど、M駅前で降りて、乗り換えよう。ぼんやりそんな事を考えていたら、

「…あれが、さっき話した一回り小さな空き地だった場所です」

老人が指をさしました。

「え?」

…K澄庭園…そこは、私が単にバス停としか認識していなかった場所でした。小さな頃、祖母に連れられて行った記憶が朧げにはありましたが、それ以後は見向きもしなかったのです。

まさか、そんな歴史があったなんて…

「そうだったんですか…近くに住んでいるのに、ちっとも知りませんでした」

「若い人では、無理もありません」

「今度行ってみますね」

宜しければ御一緒に…そう言ってみようとしたのですが、社交辞令にとられそうで、躊躇いました。

「え?…」

気付いたら、老人は私の隣には居ませんでした。あの一瞬の躊躇いのうち…目をそらした間に消えてしまったのです。

K澄庭園で降りた…?

バスが通りすぎる瞬間、目に入った庭園の入り口を、仲良く並んでくぐる老夫婦を見た気がします。ああ、彼と奥さんだ…何故かそう、納得しました。

見間違いかもしれませんが、何れにしても、彼と並んで庭園に入るのは、私では役者不足だったようです。

あの老人には、それきり逢ってはいません。K澄庭園には、娘が生まれてから何度か行きました。

相変わらず、樹にはそれほど興味は無いけれど…沢山花芽を付けた老木を見ると、健気さに胸が熱くなるようになりました。

ガラじゃない…と、恥ずかしいんですけどね。

 
  • 0.血苺

    素敵なコメント、ありがとうございます。
    なるほど、樹ですか…
    このようなサイトに投稿しているくせに、私の頭は現実的でいけません。きっと不思議体験をしても、俗っぽい考えに囚われて見逃してしまうタイプですねσ^_^;

    それにしても、ロビンMさんは口調(?)に反して、ロマンチストでいらっしゃる。

    なんて言ったら失礼ですね。

     
  • ロビンM

    いや不思議な話だ。
    やあロビンミッシェルだ。

    俺にはその庭園の樹と老人が同じモノに思えてならない。
    長年に渡り凄惨な記憶を見続けてきた樹が、
    姿を変えて教えてくれたのかもしれないな。
    …びく…

     
  • 0.血苺

    皆様、優しい感想をいただき、涙が出るほど嬉しいです。
    最近久々に病院の近くに行ったので、ふと思い出して書いてしまいました。

    関東大震災は大正時代だから、彼が体験された訳では無いでしょうけど
    やっぱり老人の話は、学校で教わるよりも印象深かったです。

    読み返したら、旧被服廠跡をまんま書いているのに、不自然なローマ字表記ですね;…清澄庭園です。
    入園は有料ですが、200円でお釣りが来ますので、是非訪れてみてください。

     
  • 匿名

    0.血苺さん、今回はいつもと作風が違いますね。

    ★三つです!!

     
  • 匿名

    せつなくなるようなグッとくるお話です。
    ご老人は投稿者さんに何を伝えたくて現れたのかな?
    最後の方で、庭園に入っていくご夫婦の後ろ姿に何か胸に沁みるものを感じました。
    k澄庭園は知ってましたがまだ行ったことがないので機会があれば言ってみようと思います…桜の咲く季節に(^^)

     
  • 匿名

    不思議で素敵で心が洗われるようなお話でした。
    短編小節を読んでいるような…描写が丁寧なのできれいな映像の短編ドラマを見ているような感覚で、読み終わったあと、清々しさすら感じました。

    0.血苺さんの作品は、どれも、そんな優しいお話で好きです。

    これからも楽しみにしています。

     

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