【怪異】 盆の湖畔①/HN:こげ

盆の湖畔/HN:こげ

十年以上も昔の話となる。
会社の先輩であるAさんと中学以来の友人Bと俺の三人で盆休みを使って
北海道旅行へと出かけた。
車一台、バイク一台…むさ苦しい野郎だけでの貧乏旅行…
それでも、素晴らしいものになるだろうと
胸をはずませてた訳だったのだが…
上陸以来、立て続けに起こる怪異に戦慄した俺達は
畏怖の意味を込めて『北海道』を『北怪道』と呼ぶようになっていた。

美幌峠の展望台にてAさんと再会を果たし、
今夜の宿営地となる屈斜路湖畔へ向かった。
しかし、残念なことに予定していた
スコップで地面を掘ると温泉が湧き出るという砂湯キャンプ場が…
俺達が到着した頃には、家族でアウトドアを満喫しにきた道民達によって…
テントで埋め尽くされていた。
時間は午後3時を過ぎている。
湖周辺にあるキャンプ場も全て満員状態…
俺達に残されていたのは…道路を挟んだボート乗り場の反対側…
林を切り開いたような空き地だけだった。

立地的に見て、冬場にボートを陸揚げする為に、確保された土地だろうか…
三方を木立に囲まれているから風に強いし、テントを十張は楽に設営できる広さもある。
地面も平坦で、ペグを打ち込むに最適な固さだ。
さっそく、車から荷物を下ろして野営の準備に取り掛かる。
Aさんは一人用のテントをせっかく持ってきたのだから
今夜はそっちで寝たいと言い出す。
別に良いとは思うのだが…
問題は…俺達だけでこんな場所に野営となれば…熊が一番怖い。
華奢な人間など前脚の一振りで全てが終わってしまう。
そこで、林へ5mほど入った辺りにロープを張り巡らせて鳴子を仕掛けることにした。
テントに近づくものが触れたら大きな音を出して知らせるものだ。
また、車とバイクでテントの二方向にバリケードを築く。
それから錆びたマチェット(山刀)をテントの四方…地面に突き刺した。
動物は金属臭を嫌うので熊除けに使える。
火薬の臭いも熊は嫌がるからと花火(ドラゴン)もテントに持ち込む。
夜は二時間交代で歩哨を立てて周囲を警戒した方が良いかもしれないな。
三毛別羆事件の二の舞だけは御免だ。
念の為に、廃墟で手に入れたアイヌ刀もテントに入れておく。

などと、俺達がテント要塞化計画を着々と進めていると…
キャンプ場に入れなかった人々がここへ集まりはじめた。
俺達に野営する許可を求めてきて…地主じゃないから俺達…なので、どうぞどうぞ♪
あっという間に家族連れを含め20人がここで夜営することになった。
これだけの大所帯となれば熊も流石に来れないだろう。
俺達はこっそりマチェットを地面から引き抜き、パジェロへ隠しておく。
人間相手で心理的影響力…有りすぎるからな…
錆びているとは言え…錆びている故か…刃渡り60cmオーバーの山刀は…
ついでに鳴子も回収した。

夜営の支度が一段落した頃、俺達は風呂に誘われた。
五人でバイク旅をしている中の一人が、近くにあるレジャーランドに温泉があるとか、
それも源泉掛け流しで入浴料がかなり安いと。
今夜は風呂なしと諦めていたところに入った朗報。
速攻でジャージとTシャツに着替えてサンダルを履いて、
洗面道具をMyケロリン(洗面器)に入れて小脇に抱えて準備完了。
いざ行かん!レジャーランドへ!!
右手に持ったタオルを振り回し、全員が上機嫌で
織田哲郎の『いつまでも変わらぬ愛を』を熱唱して出発。

「一色紗英可愛いよな!?」

「のんきな国は頭の中までカラカラです。私の命の水、ポ●リスエット」

「まったく…●乳は最高だぜ!」

風呂…源泉掛け流しでお湯も熱く最高だったが…
なぜか南国の植物が生い茂る
ジャングル風呂だった。
北海道で…それも屈斜路湖畔で…
なんで、ジャングル…
道民…ジャングル好きなのか?

風呂から出ると、夕日が原野の向こうに落ちて行くところだった。
テントへ戻ったら飯の支度をしないとな。
いくらかでも明るいうちに済ませるのが鉄則だ。
湧別で買ったラム肉と野菜があるから、炭を熾して今夜はジンギスカンにしよう。
インスタントの味噌汁…
飯は…以前、友人から貰った自衛隊謹製戦闘糧食I型…
暗緑色をした禍々しい缶に二合の飯が詰まった通称『缶飯(カンメシ)』
酒の肴には自衛隊が生んだ最高傑作『たくあん漬け』を出そう。
普通のたくあんとちょっと違うが、中毒性を覚えるほど妙に美味い。
DEENの『瞳そらさないで』を口ずさみながら俺は野営地へ戻る。

テントで飯の仕度をしていると、見るに見かねてか…
家族連れで来た方々が場所を提供してくれた礼に、俺達を夕食へ誘ってくれた。
俺達…というのはバイク旅をしている連中を含めての意味だ。
テーブルに並べられた料理の素晴らしさを目の当たりにすれば、
断わるなど…できる筈もない。
ジンギスカンと戦闘糧食の出番は後日へ持ち越し。
それにしても、道民はこういったアウトドアは慣れているのだろうか…
調理器具など、家と違ってろくに揃っていない状態で…
煮込みから焼き物…蒸し物、サラダにスープ…一体、何品目あるんだ…
震えるほど豪華!燃え尽きるほど豪勢!刻むぞ食欲のビート!
並べられた料理に目も意識も魂までもが釘付けだ。
手土産にと持参した本土の銘酒三本を旦那さんに渡し、
俺達は遠慮しないで貪り喰らった。
天空の城ラピュタでシータの作った飯を夢中で喰う空賊一家の如く…
あんまり美味すぎてやめられない止まらない。
毎晩、怪異に悩まされてはいたが、旅を途中で投げ出さなかった理由のひとつに
北海道民がくれる無償の優しさ…温かさがあった。
上陸した初日、民宿の婆さんは一度落とした風呂を温めなおして俺達を迎えてくれた。
夕張で、へとへとになって林道を抜けてきた俺達に、農家の爺さんが
これを喰えと手渡してくれた…惜しげもなく本場の夕張メロンを…
車を停めて地図を眺めていれば、道を教えようと話掛けに来てくれた。
サロマ湖でも2000円で山ほどの魚介類を売ってくれた。
飯屋に入ればどこでも山盛りにしてもてなしてくれたな…
今夜も…見ず知らずというのに
素晴らしい晩餐へ招待してくれた家族…
遅くまで酒を飲み語らい
満天の星の下で最高の夜を過ごし、
それから各々のテントへ戻って眠りについた。

時間は分からない…
いきなり、眠りの一番深いところから無理矢理に目覚めさせられたのだ。
薄く目を開くと、消灯したカンテラの尻が見える。
周囲を確認しようと…首を動かそうと…おかしい…
どれだけ力を込めようとも動かない。
手足も同様に…指一本、間接ひとつ…駄目だ、動いてくれない。
全身がカチカチに固められた。
頬に触れる空気が恐ろしく冷たく乾いている。
口の中…喉もカラカラで…鼻の奥がつんと痛い…
隣で寝ているBを試しに呼ぼうとしたが声も出ない…
これは、完全な金縛り状態だな。
毎晩の習慣となってしまったテントの四隅に盛塩は済ませてある。
慣れている…金縛りの解き方は分かる…焦る必要は…ない…
放って置いても自然に解けるものだし…
かなり離れた場所で…
魚が水面から勢いよく跳ねたような音がした。
全身が動けない分…聴覚が異常に研ぎ澄まされている…のだろうか…
本来なら絶対に聞こえない音…聞こえるはずのない距離…
道路を挟んで向かい側、
ボート乗り場…料金所…長い桟橋…いや、その先…
落ちてこないな…
魚が飛び跳ねたのであれば水面を叩く…遅れて落ちる音もしなければ…
しかし、それがない。
単に聞こえなかったのか…跳ねた物体がまだ空中に浮いてるか…
ポタリ…ポタポタと
板張りの床に滴り落ちる水音…心の奥へ沁み入るような…
水から出た何かは…桟橋へ上がった…聞こえようもない音をたて…
今夜も来たんだな…怪異…
ゆっくりと…水を滴らせながら…桟橋をこちらへ向かってやってくる。
自らの位置を示す様に…濡れた身体から水を滴らせ…

単なる金縛りならば、焦る必要もないのだが…
想像してしまった。
あれが…首長竜の末裔とされるクッシーだとしたら…
金縛りなんか仕掛けてくるということは…首長竜の末裔の幽霊だとしたならば…
水から上がって落ちてこないのは…説明がつく。
身体は湖にあり…首だけが…こちらへ…

俺の金縛りを解く方法…
頭部から足のつま先に向かって、僅かでも自分の意思で動かせる場所を探し、
そこを中心に力を込め、引き剥がすように無理矢理動かして、
全身のコントロールを取り戻す…力技。
小指の間接ひとつだった事もあれば…眼球や舌の時もある。
これをやると物凄く痛いし、
精も根も尽きるので半日は、まともに動けなくなるのが難点だ。
背に腹はかえられない…この状況…
僅かでも動かすことが出来れば…
と、いつもの手順踏んでみたのだが…おかしなことに…一箇所も見つからない。
完全…いや、完璧な金縛りか?
今まで体験したことのない金縛り状態。
焦りが出てきた。
水を滴らせ…クッシーかもしれない何かは、桟橋の中ほどまで来ている。
もう一度、最初からチェックのやり直しだ。
絶対に動かせるところが…金縛りを破る突破口がどこかに用意されているんだ。
二度目も確認作業は空振った。
これは本気でヤバいかもしれない。
水が床に垂れる音はとうとう…木の板からコンクリートへ変わる。
料金所までやって来たのか…
何度も何度も…頭の天辺からつま先まで…試す。
まだ見つからない。
くそ!また最初から…
道路を渡る…あと数メートルでテントまで来る。
動け…動け…動け…動け…
左手の親指…人差し指…
テント生地が大きく外から押されているように…たわむ。
入ってくる気だ…
直径20cmくらいか…球体に…
黒い藻の塊のようなものを纏わりつかせた…
テント生地をすり抜け…ふわりふわりと入ってきた。
クッシーじゃない…首長竜の末裔の幽霊なんかじゃない。
それは顔の真上までやってきて…
俺の口に鼻に…ポタポタと生臭い水を降らせてくる…湖水か…腐ったような…
左手の薬指!第一間接がピクリと動いた。

宙に浮いた謎の黒い物体はゆっくりと回転を始める。
あれが…何なのかが…分かった…
俺に正面を向けようと…している…
白蝋のような肌に幾筋もの線が走る…黥(げい)…入れ墨…
闇を湛えた…虚となった眼窩…
削げ落ちた鼻…唇は失われ剥き出しになった歯列…
首だ…アイヌの女性と思われる。
ずぶ濡れの長い黒髪を纏わりつかせた生首だった。

動いた左手の薬指を力いっぱい握り込む。
鋭い痛みが走った…だが、動いた!
小指…中指…人差し指…親指も動く。
肘も肩も…左手の自由を俺は完全に取り戻した。
待ってましたと枕元に置いたアイヌ刀の柄を握り…鞘をつけたまま
当たるを幸いに横殴りに振り切った。
頭上の生首が爆ぜる。
転瞬、
耳をつんざく…聴覚が馬鹿になる程の大轟音!!
闇を切り裂く閃光に目が眩んだ。
その力…天候すら操る…
まさか、アイヌ神話に登場する悪神…
ウェン・カムイか!?


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