【怪文書】笑い声/HN:ロビンM

俺は全てを失った。

ゴーゴーと車とバイクが行き交う道路。薄くなった中央線をぼんやりと眺めながら俺はまたいつもの溜息をついた。

「もう…しのう….か…」

思えばこの一週間の間、毎日の様にここの歩道橋を訪れては、何時間も10m下の道路をボケーと眺め続けている気がする。

そういえば左手にはめていた時計は昨日この下に投げ捨てたんだっけな…あの時計は妻が結婚10年目にプレゼントしてくれた物だ。

文字盤にもヒビが入っちゃってたし、もう必要無いもんな。しょうがないよな。

家に帰ったところで家族も仕事も失った俺には最早待っていてくれる人などいない。

上司に噛み付いたのがそもそもの原因だった。小さい会社で影響力のある上司に嫌われればそこに居場所等ある筈がない。

会社を辞めた俺に妻は優しく…は無く、恐ろしいまでの罵声を浴びせてきた。日頃の鬱憤を晴らすべく今まで彼女の口からは聞いた事もないような言葉が飛び出し俺を苦しめた。

知り合いからの勧めで何社か面接まではこぎ着けたのだが中々本採用までには至らず、結局バイトを掛け持ちする日々が続いた。

正直あの頃の俺は毎日の妻の暴言に堪らず家に帰るのが辛かったのだろう。そして気付けば妻は娘と共に俺の前から姿を消していた。

「はぁ…俺、頑張ってたつもりだったんだけどなぁ…」

轟音と共に大型トレーラーが足下を通り過ぎた。

飛び降りちゃえよ

ふと隣りからそんな声が聞こえた。

見るとハンチング帽を目深に被った初老の痩せこけた男が俺を見つめている。

彼は手摺に手を掛けるともう一度言った。

早く飛び降りちゃえよ

「貴方は誰ですか?」

俺はおまえだ

「俺?何を言ってるのか分かりませんが」

お前はもう死んでいいんだよ

この世に不必要な人間だ

今を逃すとこうなる

そう言うと男の首は90度真横にグニャリと曲がり手摺にもたれ掛かった。そして身体を残して首だけが道路へと落下して行った。

首を追って道路を見やると、もうそこには車は走っておらず、周りを木々に囲まれた雑木林の中で黙々と穴を掘る男の姿があった。

ざくざくざくざくざく

傍にはガムテープでグルグル巻きにされ、毛布に包まれた大小二つの遺体が穴の完成を待っている。

男は手を止め、額の汗を拭うと俺の方を見た。

俺は知っていたんだ

初めから

この子が本当は俺の娘じゃ無いって事も

君の様な若くて綺麗な女性が、身寄りのないこんな三十路の俺と結婚してくれるなんて嘘のようで本当に夢のようだった

もう一度人生をやり直せると思っていた

でも現実は違った

君は俺の理想と違っていた

男は二体を埋め終わると、スコップを杖代わりにしながら疲れた様子でヨタヨタと森の中へと消えていった。

きゃはは

歩道橋の向こうから仲の良さそうな男女が歩いてくる。茶髪の男が女の肩を抱き寄せキスをした。

「ねえ、本当に私と結婚してくれるの?」

「ああ、当たり前じゃねぇか」

穴を掘っていた男だ

「ねえ、本当に見つからない所に埋めたんでしょうね、見つかったら二人共終わりよ」

「大丈夫だよ、心配すんな」

ケラケラ笑う彼女の足を娘が掴んでいる。身体中泥だらけで顔も酷い状態だ。

眼球を失った二つの眼はジッと俺を見つめている。しかし悲しい感情は微塵も沸いて来ない。不思議と怒りも憎しみも感じない。

俺の背中を刺したのはあいつか

男女が行き過ぎるのを見届けると俺は再度歩道橋の下を見た。するとハンチングの男が行き交う車の間に立ち、両手を伸ばして俺を呼んでいる。男の前にはいつの間に出来たのか直径二m程の真っ黒な穴が空いていた。

そこに飛び込めと言っているのだろうのか?

不思議と恐怖は感じない。

なぜか悲しくも無いのに涙が止まらなくなった。なぜかその時全ての苦しみから解放される気がしたのだ。

そして俺は遂に歩道橋の上から飛び降りる事が出来た。
きゃはは
穴に吸い込まれる刹那、頭上でまた妻の笑い声が聞こえた。

【了】

 
  • 匿名

    ロビンさんて不思議な人だね。興味津々♪

     
  • 紫姫

    知人から聞いた けど 高い所 から 下へ 覗いて 地面が、近くに 見えたり 思った ら 自殺 する 前兆 だと。 ロビンさんの お話も 仕事と家族を失った(主人公)は、謎の老人(死神)もしくは、幻覚?を見た。 奥深い。

     

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