【怖い話】狂気のオブジェ

第一志望の大学に合格し、佐倉さんの人生は前途洋々の筈、だった。

「越した初日に気付いたんですが、ベランダが鳥の糞まみれなんですよ。すぐ管理人呼んで苦情言ったんですけど、この辺は鳩が多くてねえ、で終わり。鍵受け取ってから何回も行ってるのに全く気付きませんでした。まだ時期も寒かった、てのもあるかも知れませんが」

彼の母親は、晴れた日には必ず家族全員のフトンを干していた。快適な寝心地を満喫していた彼にとっては、まことに由々しき問題である。

「早速、ホームセンターに行って鳩よけグッズを買ったんです。磁石が埋め込まれたゴム製の蛇二匹。手すりの両端にぶら下げると鳥の嫌がる磁場が生じ鳩が近付かなくなる、との謳い文句でした。ワンセットで三万くらいしたんですよ。すぐマンションに戻ったんですが」

ベランダでは三羽の鳩が、やわらかな春の陽光を浴びながら、暢気に日向ぼっこをしていた。

「クルックル~クルックル~」

ガラス越しに微かに聞こえる、所謂『平和の象徴』の声。

「他人ん家(ひとんち)の庭でウン○すな!!て話ですよ」

慎重な彼は、取り付けを深夜まで待つ事にした。無論、蛇が偽物だと敵に見破られない為だ。

「ぶら下げてみて、あ、これならイケるかも、磁石要らないじゃん♪普通にそう思いました。二匹の蛇が風でユラユラ揺れるんですよ。僕が鳩なら近付きませんね。背丈の三倍はある蛇が動いてるんですから。翌朝起きてすぐにベランダ覗きましたが、案の定一羽もいません」

(これでフトンが干せる♪)早速掃除に取り掛かる佐倉さん。雑巾がけも終わり、乾くまでの時間潰しにマンションを出て、昼食を済ませた。

二時間程で帰宅した彼だったが、待っていたのは、思わず自分の目を疑ってしまう程の、信じられない光景だった。

「普通にベランダにいるんですよ。蛇のすぐ横に。恐れてる素振りもない。綺麗にしたばかりの床には真新しい糞!!奴等どっかで見てたんだ。僕が蛇の横で掃除してるのを。そりゃ腹も立ちますよ。騙されたのは鳩じゃなく人間だったってオチ!!無駄な出費にもムカつきましたが、人を小馬鹿にしたようなあいつらの声聞いてると、何ていうか、そんな怒り通り越して、鳩そのものに強烈な憎悪が湧いたんです。いや、憎悪っていうより殺意ですね。もう、どうやって殺すか、それしか考えられませんでした」

鳥モチも考えたが後の処理が大変な気がして、思い付いたのがネイルガン(釘打ち銃)だった。実家に、父親が購入したばかりの新品があるのを思い出したのだ。

彼はその日の内に帰省する。専攻が工学部の建築科だったから理由は何とでもつけられた。

すぐにマンションに戻りたい佐倉さんだったが、中学時代の仲間と飲んだりしている内にあっという間に三日が過ぎた。

「ぶっちゃけ、実家離れる頃にはどうでもよくなってましたね。まあ、学校で必要だと言った手前ネイルガンは持ち帰りましたが」

帰宅したのは夜の八時過ぎ。その日は疲れもあってすぐにフトンに潜り込んだ。その時点では、頭の中にハトのハの字も無かったらしいのだが。

深夜、ふと目が覚める。

鳩が鳴いていた。

(うっせーなこんな夜中に…)殺意は消え失せているものの睡眠を邪魔されるのだけは御免だった。

「それが、ベランダにいないんですよ。でも声はしてる。あの時、いつもの場所にいてくれたら怒鳴って終わりだったのに…」

静かにサッシを開け外に出た彼は、暗闇の中声の出所を探す。空調の室外機の陰から声がしていた。近付いても飛び立つ気配は無い。一旦部屋に戻り懐中電灯を手に再び忍び寄る。一羽の鳩が驚いたように彼を見上げていた。

「そいつ、逃げるでもなく、ここは私の部屋ですが、何か?みたいな目で僕を見るわけですよ。その瞬間ブチ切れましてね」

再度部屋に戻るとバッグからネイルガンを取り出す。猛烈な殺意だけが彼を動かしていた。

「目の前に銃口を突き付けても平然としてた。何様だ!!と思った時にはもうレバー引いてましたね」

鳩は一度ビクンと痙攣したきり微動だにしなくなった。

「その鳩、寝床作ってたんですよ。小枝や枯れ葉敷き詰めて。卵でも産むつもりだったんすかね。弁解するわけじゃないですけど、僕は元々そんな、残酷な人間じゃないんです。まあ、言い訳にもなりませんけどね。どうせ今となっちゃ全てが手遅れなんだし…」

目の前の鳩はもう既に死骸であって厳密に言えば鳩ではない。そんな至極当たり前の事で、彼は若干、落ち着きを取り戻した。

「僕の住んでたマンション、川沿いに建ってましてね。生ゴミで出して万が一見つかると厄介じゃないっすか。ほら、動物虐待とか結構うるさいでしょ?で、川に捨てようと思ったんです。まあ捨てるにしても頭に釘が打ち込まれたままじゃマズイんで抜こうと思ったんですが」

鳩の頭部を照らしたが突き立っている筈の釘が無い。脳天にデカイ穴が開いているだけだ。血とも脳ミソともつかない半透明の液体がそこから溢れ出ている。

「鳩の頭蓋って弱いんですね。貫通してるんですよ。ホント不思議でしょうがないんですけど、僕はわりと潔癖症でね、素手でそんな物触るなんて本来あり得ないんだ。マジどうかしてたとしか思えない。ハッキリ言ってサイコその物ですよ。自分で言うのもあれですけど」

結局彼は、それを捨てなかった。(これを鳩よけに利用出来ないものか)と考えたのだ。

「釘、ベランダの隅に落ちてました。僕はそれをもう一度鳩の頭に突き刺したんです。見せしめにね。よく見えるように半分以上露出させたんですが、いまいちインパクトが足りない。で、二本追加したんです。両目にね」

寝床を室外機の裏からベランダ中央に持って来て、死骸をその上に寝かせる。更に二匹の蛇で輪っかを作り、周囲を囲む事で忌まわしさを強調。奇怪な鳩よけオブジェの誕生である。

「でも、頭の片隅には漠然と不安があったんですよ。これで、もし、奴等が平気で飛んで来て糞垂れ流すようなら、自分は一体、どうなっちまうんだろう、という一抹の不安がね」

不安は的中した。オブジェが異臭を放つよりも敵の糞便の方が先だったのだ。

「怒りに震えるって表現じゃ全然足りない。怒りのあまり気絶しそうな程の激情ですよ。鳩が究極の馬鹿鳥だと思い知ってからは、更に感情の制御が不能になりました。アホにコケにされりゃ誰だってハラワタが煮えくり返るでしょ?それとおんなじですよ」

彼は日を追うごとにベランダから離れられなくなってしまう。(隙を見せたら来る!!)、鳩の存在はもはや、ある種強迫観念と化し佐倉さんを追い詰めていたのだ。

サッシを数センチ開け、ネイルガンを手にしたまま倒れていた彼を発見したのは警察だった。異臭が凄いと近隣の住人に通報されたのだ。マンション下の河川敷に釘が散乱している事も話題になっていたらしい。

「まだ未成年だったから表沙汰にはなりませんでしたけど、親には当然連絡が行くし、マンションは追い出されるし、大学は除籍処分。散々でした。実家に帰って半年ばかり暮らしましたが、親の、僕を見る目が前と全然違うんですよ。明らかに怯えてるんです。辛かったですね。僕が狂暴になるのは相手が鳩の時だけなのに」

ここまで話すと佐倉さんは立ち上がった。

「そろそろバイトの時間なんで。ああ、警察が乗り込んで来た時、オブジェが七つありました。四つ目辺りからよく覚えてないんですけどね。もう、悪臭が凄いんだ。ハエがブンブン飛び回っててベランダを蛆が這い回ってる。それが気にならないくらい鳩を憎んでたって事ですよ。あり得ないって思うでしょ?いかにも牧歌的な見た目とは裏腹に、奴等は人間を狂わせる凶器を兼ね備えてる。殺しても殺しても平然とやって来ては上から目線でウン○。ビビってねえし、みたいに胸をはるクソ生意気なあの態度。それに、声。神経に障るどころか脳髄に障る。貴方はまだ、それを知らないだけですよ」

「本当に鳩だけ?」とは流石に聞けなかった。

 
  • 匿名

    鳩がなんでそこに集まるか疑問にならないかな?
    狂気よりもその場所が問題かもよ

     

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