【怪文書】おとしもの

交番勤務にも慣れてきたある日、腰を曲げたお婆さんが一人で交番に入ってきた。
人通りの多いこの交番は、道を尋ねる人、落とし物を拾った人が訪れることが多い。
「どうかしましたか?」
僕は優しくお婆さんに言った。

「あの…落とし物を…してしまいまして」
「そうでしたか。何をなくされましたか?」
「えぇと…大切だったんです…」
お婆さんはゴソゴソとハンドバッグを漁り始めた。
しばらくして、お婆さんは白黒の、古い写真を僕に見せてきた。
「これなんです。これね、私なんですよ。」
「あぁ、はい…」
「でね、こっちが夫なんです」
「そうですか」
しばらく沈黙が続いた。

「これは結婚式のときの写真なんです。もう60年以上昔になります」
「そ、そうですか…えぇと、貴重なお写真、ありがとうございます。それで、確か落とし物を?」
「えぇ、私のは落としていないのですが」
落としていない?
僕は困った。お婆さんは少し、認知症のある方なのかもしれない。
「えーと、一応、落としものをしたのはいつ頃だったか聞いてもいいですか?」
「ついさっきです」
「どのようなものを?」
「夫のものなんですけどね」
そう言ってお婆さんはまた白黒の写真を僕に見えるように、机の上に置いた。

「旦那様の、なにを?」
「…あ…ごめんなさいね、おまわりさん。もう少し、一人で探してみます」
「あ、はぁ。…何か困ったことがあったらすぐ知らせてくださいね」
お婆さんは深く頭を下げ交番を出て行った。
僕は正直対応に困った。記録に残すにしてもこんなことは初めてだった。もう少しで先輩が交番に戻ってくる。戻ってきたら、相談してみよう。

「お疲れ。なにかかわったことは?」
時間通り先輩は戻ってきた。
「えぇ、多分ちょっと認知症の方かと思うのですが、高齢の女性が落とし物をしたと言うのですが…」
「そうか、わかった。」
先輩は慣れているのか、僕に教えながら報告書を書いてくれた。
「ここの交番勤務をしている限り、こういった事例は多いと思う。始めは難しく思うかもしれないがいつも通り、親切な対応を心がけてくれ」
「はい」

先輩は湯飲みを持ってポットから暑い湯を注ぎ、先輩自身が飲む分と、僕の分のお茶を用意してくれた。
「…ちょっと、さっきな、変なことがあったんだ…聞いてくれないか」
普段はあまり自身のことを多く語らない先輩が神妙な顔をしてデスクについた。
「変なこと、ですか?」
「帰りがけに、交差点でな。」先輩は湯気の立つ湯飲みに一口口をつけ小さな声で「アチッ」と言い話を続けた。

「普段なら職業柄、横断歩道は自転車から降りて押して歩くだろ。もう何年もこの仕事やってるのに、ボーッとしてたのかな、うっかり横断歩道で自転車から降りるのわすれちゃってな。しかも信号赤。俺なに考えてたんだろうな。普通に車来てるのに止まらないで横断歩道渡ろうとしてたんだ。」
「先輩が!?」僕は自分でもびっくりするくらい大きな声を上げてしまった。

「あぁ。交通ルール守らないなんてあるまじきことで恥ずかしいから後輩に言いたくはないことだけど…変なことがあったから聞いて欲しくてさ。…車ビュンビュン通ってるとこに俺は自転車にのったままつっこもうとしてたみたいなんだ。そしたら、俺の自転車の荷台を強い力で誰かが掴んだんだ。相当強い。反射神経もないとあんなことできないよなぁ。それでバランス崩して倒れそうになって、気付いたら前輪はもう車道に出てて車にクラクション鳴らされて、我にかえって急いで下がったよ。」

「そんなことが。無事でなによりです」

「あのまま突っ込んでたら命なんて落としてたからな…で、どんな大男が自転車の荷台掴んで俺を助けてくれたのかと思って後ろ振り向いたんだわ。大男なんていなかったよ。いたのは細っこいお爺さん。もう白髪で、こう…手なんか力入りそうにない、関節だけ太くてあとは血管が浮き出てるような手しててな、とても俺の自転車を掴んで止めたとは思えないんだ。でも通行人は他にいないし、あそこからすぐ走って見えないところに逃げる場所もないし、どう考えても俺を助けてくれたのはその弱そうなお爺さんしかいないんだよ。」

「実はすごく鍛えてるお爺さんだったかもしれないですね」
「いやー、ないね。スカウターで戦闘力1出るか出ないかくらいだ」
「…スカウター?」

「あぁ。お前、世代じゃないもんな。まぁ、とにかく、幼稚園児より弱いんじゃないかってくらいの、立って歩いてることすら奇跡的なお爺さんだったんだ。顔色も悪くてな。自分が助かったばかりで俺も動転してたけど、大丈夫ですか?って声をかけたんだ。そしたらそのお爺さん、『命拾い、しましたな』って笑顔で言うから俺は軽く敬礼して、本当にありがとうございましたって言って顔を上げたら、いないんだよ。お爺さん、消えたんだ。一瞬だった。」

「えっ…それって怖い話じゃないですか」
「別に俺霊感ないし、霊とか信じてないからさぁ、あのお爺さんが幽霊だったとは決めつけられないけど、まぁ不思議な体験だったんだわ。」
先輩は大きく深呼吸をし、冷え切った湯飲みの茶に手をつけた。

そんな話があったことも忘れかけ、二週間ほど経ってからだったと思う。
勢いよく扉を開け、血相を変えた初老の男性が交番に飛び込んできた。
「おおおお巡りさん!大変なんだ!大変なんだ!」
「どうされましたか?」
初老の男性には僕も見覚えがあった。住民間の所謂ご近所トラブルが起きるたびにすぐこの交番に相談に来る、すぐ隣に建つアパートの大家だった。また203号室の渡辺さんが夜中に大声で歌ったのか?それとも101の大学生か?

「お巡りさん、今回はただごとじゃないんだ。110番するより早いと思ってな、105の老夫婦が家賃滞納してるから見に行ったんだ。死んでるんだ」
「死…わかりました。詳しく聞かせてください」
僕が大家さんから話を聞いてるうちに先輩は署に連絡をしていた。
大家さんはまくしたてるように同じことを何度も僕に訴えてきた。
「だからな、旦那のほうはもうひからびてるんだ!奥さんはまだ救いようがあるかもしれない!」

迅速に署に連絡した先輩と僕は大家さんを連れて小走りで隣のアパートにかけつけた。
問題の部屋の扉は開け放たれており、一目でもうダメだとわかる状態だったが、僕と先輩は渋い顔をしながら人命救助にまわった。が、先輩のジェスチャーでそれは続けられることはなかった。
死後数日といったところか、確かに大家さんの言う通り、男性のほうはまさに一言で‘ひからびた’状態だった。

女性の方はまだ亡くなってからそう時間が経ってないようにも見えた。
慌ただしくなる現場の中、僕はこの高齢の女性に見覚えがあったような気がしていた。
すぐに署から応援が来て救急車も到着した。
興奮が冷めない大家さんは促されるよりも早くパトカーにのって署に行ってしまった。

これは、僕が交番勤務を始めてから、一番大変な事件だった。
今日は帰れそうにない。

ガラガラガラ

こんな遅い時間にも、交番を必要とする人がいる。
僕は椅子から立ち、何事かと対応しようと、思った。
「あ…」
僕はそれしか言えなかった。
そこには、あのお婆さんがうつむいて立っていた。先輩を呼ぶにも僕はパニックに陥って声が出ない。
お婆さんは音も立てずスッと手を前に伸ばし、何かを床に落とした。
落としたものを目で追った一秒にも満たない間に、お婆さんの姿は消えていた。

僕は震えながらも床に落とされた物を拾った。
白黒の、写真だった。
「私も落としたの」
耳元でそう聞こえた。

 

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