【奇談】秋の増刊号/HN:奇憚社

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秋もいよいよ深まり、紅葉が最後の彩りを魅せる晩秋のたそがれ時に、私の家の電話が鳴り響いた。

「もしも~し早坂ちゃん♪今大丈夫?」

電話の主は奇憚社の新しい担当からだった。

先月から担当が真田という軽い乗りで接してくる奴に代わり、私としてはいささか腹ただしい気分だったが1ヶ月もすると真田の対応にも慣れてきていた。

「あぁ真田君か…今日はどうしたの?」

電話越しの真田は、私が忙しくしてないとみて早速本題を切り出してくる。

「実はね~うちの人気月刊誌の【奇談】で秋の増刊号を出す予定なんだけどさ~短編特集が決まってたK先生が突然病気で断筆しちゃったんだよぉ~。」

K先生は【奇談】において数々の心霊体験や怪奇談など掲載している大御所の先生だ。

そのK先生が病気の為に増刊号の特集を断筆したということは…勘がいい私は、嫌な予感を覚える。

「それでさ~突然なんだけど早坂ちゃんに1話短編お願い申し上げれないかな~と思ってさ♪」

「いや、折角の申し出ありがたいんですが…」

私は色々と都合をつけて断ろうとすると真田はそれを見越したように続ける。

「ユミーゴとラグちゃんはOK出してくれたのになぁ~」

真田はこういう所が実にしたたかだ…
断りづらくなった私は結局1話の短編を書くことを承諾した。

こうして、K先生の突然の断筆により若手3人が【奇談 秋の増刊号】の短編特集を飾ることになった。

 

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【奇談 秋の増刊号】秋の夜長に読む3つの奇妙な短編

 

奇妙な3つの物語があなたを不可思議な世界へといざなう。
今宵、闇夜に輝く月光の下で、件の物語を読まれし者が体感する奇妙な感覚は、あなたの心を怪しくも満たすでしょう。

      ナビゲーター:冥界通信

 

目次

第一夜…真実の愛/HNいくゆみ

第二夜…死の峠/HNラグト

第三夜…熱帯夜/HN早坂正彦

 

           発行:奇憚社

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     【真実の愛】

 
 

その日、久しぶりに飯でもどうかと、友人の佐藤に電話をかけた。

プルルルル

佐藤「もしもし~おっ鈴木か久しぶりだなぁ~。」

鈴木「佐藤今日暇か?久しぶりに飯でも行かないか?」

佐藤「悪いな~今日はこれから、俺の2号がアパートに来るんだよ。」

佐藤とは昔からの友人で、普段は気の効くいい奴だが、女癖は非常に悪い…
本人曰く泣かせた女は星の数というが、どうやらそれも嘘っぱちではないようだ。

というのも佐藤には昔から付き合ってる本命がいて、それ以外の遊びの女は2号、3号と俺の前で呼んでいるからだ。

鈴木「2号って…美雪ちゃんか…お前なぁそういうのは程々にしないとだなあ…。」

佐藤「わかってるって!!あっそうだ…鈴木に前2号のこと紹介したんだったな…最近2号の様子が変なんだよね。」

鈴木「変ってどんなふうにだよ。」

佐藤「あ~それはだな。」

佐藤が言うには2号こと美雪ちゃんが佐藤と付き合った記念に開設したブログの記事を最近になって6つだけ残し全て消去したということだった。

もしかしたら自分が遊んでいたことに気づいてしまったんじゃないかという不安を佐藤は感じていた。

鈴木「ふん。美雪ちゃんが気づいてお前に制裁するもんなら自業自得だろ…でも確かに気にはなるな…そのブログを俺に見せてもらえるか?」

佐藤「ああ…いいよ。じゃあメールにURL送るよ。」

電話を切ったあと、しばらくして佐藤からメールが届いた。

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FROM:佐藤

SUB【ReRe:鈴木へ】

      【本文】

http://blog.livedoor.jp/miyuki2017/

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俺は美雪のブログの記事を読み、すぐさま佐藤に電話をかけた。

プルルルル、プルルルル、

佐藤「なんだ鈴木まだなにか用か。」

鈴木「お前すぐ逃げろ。」

佐藤「えっ?今美雪が来たとこだよ~」

その途端電話は切れ、後にはツーツーという電子音だけが耳に鳴り響いていた。

 
 
 
 
 
 

 【死の峠】

 
 

車を止めると目的地に着いた時の達成感を覚え、それから、長時間運転して凝り固まった肩を揉みながら大きく深呼吸した。

某県…百合本郷市と城岩町を繋ぐ県道69号線には折渡峠という山間の峠がある。

ぼろの中古車で曲がりくねった山道をひたすら辿っていくのに、昨夜の睡眠不足を差し引いても体力的に厳しいものだった。

噛み続けて味のなくなったガムをティッシュに包み、ポケットにいれる。

ドアを開ければ真夏の熱気を帯びた風が吹き付けると覚悟していたが、予想に反して涼やかだった。

折渡峠、ヘアピンカーブの続く道は運転する者にとって苦行なれど、空気はいい。

車を降りると、峠の中腹にある休憩場に駐車した車が斜めに横切っていることにきがついたが、峠道を走ってきた30分間、前後を行く車も対向車も一台として見なかった…誰の迷惑にもならないだろう。

峠の中腹にある休憩場の対面に今回の目的としていた、千体地蔵がある。
名前の通り、ずらりと地蔵が並んでいる。

その地蔵の行列は、ずっと先の小高い山の上まで続き、山の頂上には霞隠れと呼ばれる小さな洞穴がある。

気まぐれにしゃがみ込み、1体の地蔵に手を伸ばす。

「おやおや…人様が来るのはめずらしいねえ。」

不意にかけられた声に、びくりとする。
振り返ると、さっきまで確かに誰もいなかったのに、後ろに人が立っていた。

遠目から見たら子どもと間違えられそうな、小さなお婆さんだった。

「新しい道路が出来てがらは車の通りも少なくてねぇ。」

地蔵の前に水の入ったコップを置きながら、お婆さんは言った。

「新しい道路が出来る前には車の通りも多かったんですか。」

「はぁ。」

お婆さんは人のよさそうな顔でにこりと笑った。

さっき見た時は80歳くらいかと思ったが、こうして笑っているところを見るとまだそれよりは若く見える。
皺は深く、落ち窪んだ目が印象的だ。

「やっぱり秋だなぁ…秋には供養祭がありますでな。」

曖昧に頷き、辺りを見回す。
いち面、緑の山に囲まれた峠道…秋に紅葉狩りをするには山が深すぎるし、風情を楽しめるような所ではない。
曲がりくねった道の先も景色は変わらないだろう。

「あんた様はどごから来なすったね。」

「東京です。」

「ははぁ~」

お婆さんは大袈裟な声をあげた。

「それはそれは遠ぐから。」

お婆さんの東北訛りのイントネーションが分かりにくいので一言ずつ頷き、出来るだけゆっくり話すようにする。

「東京で雑誌の記者をやってるんですよ。」

そう言ってお婆さんに名刺を渡す。

【奇憚社:編集部 加藤茂夫】と書かれた名刺を見てお婆さんはまたもや大袈裟な声で「ははぁ~」と唸るような声を上げた。

「ここには、ちょくちょく来られるんですか。」

「なぁに6年前に亭主に先立たれだもんで寂しさをまぎらわすためです、ほれ地蔵様のお参りを兼ねで歩ぐもんですから健康の為にもなりますで。」

お婆さんはそう言って大きな声で笑った。

驚くほど明るい笑顔にこちらまでほころんでしまう。

どうやら話好きなお婆さんらしい…今回の目的を取材するにはうってつけの人物だ。

「昔は、町の病院で看護婦をしてましてな、言ってはなんですが随分いい加減な病院で、あたしがいないと薬もなぐなるような所でした。30年勤め上げてそれからいざ、のんびりした老後を送ろうって時に亭主に死なれてからずっとこごの地蔵さまをお参りに峠を歩いてきております。」

「そうですかあ。いろいろあったんですね。」

「はい、いろいろありました。」

そう言って、お婆さんはゆっくり頷いた。

いつの間にか俺とお婆さんは向かい合い世間話にのめり込んでいた。

そして俺はこの人のよさそうなお婆さんに取材を申し込んでいた…。

――――――――――――――――――

お婆さんには雑誌の編集部員なんて言ってもちゃんと理解してるかどうか怪しいものだが、今月に入って急に奇憚社が発行している月刊誌【奇談】の増刊号の発刊が決まった。

その増刊号で東北の怪奇スポットの特集を組むことになり、編集部はてんやわんやの状態だった。
普段はディスクワークが主体の俺も取材してくれるライター不足の為にこうして田舎にまで足を運んでいるのだ。

この折渡峠のことは心霊サイトをネットで見たのが取材するきっかけだった。

ネットには死の峠などと呼ばれ様々な憶測がデマかせのように書かれていた。

今でこそ国道7号線があり高速道路も出来たので、折渡峠の交通量はほぼ皆無に等しいが、ヘアピンカーブの続く道に、走り屋連中やら胆試し目的の若者が時折やってくるらしい。

そんな中で2件この峠で死亡事故が発生している。

運転手たちは峠道から崖の下に転落して死んでいた…死者は2名。

何でもない道で毎月のように事故が起きるなら、充分にネタになる。

だが、おそらくたいして補修もされていないだろう悪路で、年に1件の事故があったところで怪奇スポットになるだろうか…。

しかしこの峠にはそれに充分値するだけのネタはあった。
峠の中腹に位置する千体の地蔵。

何となくだが、奇談の読者の好みは得ている気がする。
ネタに使うにしても工夫はする必要があるだろう。
事故で無惨に死んでいった峠の怨霊か、日本兵の幽霊かそういったものをだせばいささか格好はつくだろうと読んでいた。

俺は早速、資料を作り稟議書を編集長に申請した。

そして編集長に取材の件を話すとあっさりと許可がおりた。

編集長と取材の打ち合わせをしていると資料を読みながら囁くように編集長は言った。

「これは俺の直感なんだが…こいつはホンモノだって気がするんだ。」

「ホンモノですか…。」

深刻そうな声を作る。
だが、内心では編集長の悪い癖が出たなと思っていた。

「そうだ。折渡峠には、何かある。何かがいると言っていいかもしれん。気をつけてかからんと危ないぞ。」

編集長は、ときどきこういう【信じてる】ようなことを言う。

俺はそのたびに、どうしてこの人が編集長なんだろうと思ってしまう。

上司を悪く言いたくはないが、この編集長は馬鹿だとしか思えない。

幽霊について書いたり、煽ったりするのが俺たちの仕事で信じてびびるのはお門違いではないか。

この時俺は、折渡峠のネットでの噂を取材し増刊号に載せることを決めた。
他にネタはなく、編集長の迷信めいた言い草を笑い飛ばしてしまいたかった。

――――――――――――――――――

「それで、なんでしたかね。」と俺の向かいに腰を下ろしたお婆さんが言った。

「ああ、すみませんね…この峠のことについて取材しているんですがね、折渡峠は事故が多いそうですね。」

つい、ぶっきらぼうに訊いてしまった。
少しは戸惑うかと思ったら、お婆さんは待ってましたとばかりに身を乗り出した。

「んだんだ。ほんとにねぇ、わげぇ人ばっかり、気の毒なもんだねぇ。あんだも運転さ気をつけないと。」

「はぁ。事故で亡くなったのは若い人ばかりだったんですか?」

「そうみだいです。ここ何年か、こんな小さい町が新聞に載るときは事故の話ばっかりでよぐ覚えでます。」

事前の調査でその事はわかっていた。
ついでに事故はもう少しこの先に行ったカーブで起きている。

祟りだの、呪いだのを信じてない俺でも、事故現場の写真を見たときはぞっとした。

2件の事故は、同じカーブで起きていた。
写真で見る限りそれほど角度のあるカーブではないが、下は谷底まで真っ逆さまに落ち込んでいる。
車はそこかり転落し、2人が無くなっている。

「危険なカーブなんですか?」

お婆さんに一通りの話を聞いたら、実際にそのカーブを見に行く予定だ。
事故が多いのだから、少なからず危ない道だとは思うが、現地の人から詳しく聞いておきたかった。

予想に反してお婆さんの返事は

「それがねぇ…別に危ない道だなんて思わないんだけんどねぇ。」

現地の人としてはそうなのかもしれない。
しかしそれではネタにならない。
このコメントは使えないだろう…しかし一見なんでもない道で事故が多発しているという方が、話としては使えるだろうか…

「どういう道なのか教えてもらえますか。」

「どうと言われでもなあ…」

お婆さんは少し考えるような素振りをした。

「この先を行くと曲がりくねっだ道が下り坂になっでます。曲がりくねっだ下り坂はブレーキを何度も踏むがら、うっかり速度出しすぎでブレーキが間に合わないごどもあるんじゃないですかねえ。」

確か資料の写真には、ガードレールを突き破って谷底まで落ちた車が載っていた。

若いドライバーならおおかた速度の出しすぎで、カーブを曲がりきれずに谷底に転落したと、だいたい予想がつく。

「それで、亡くなった方は…」

「覚えでいます。」

お婆さんは俺の目をみて言った。

「相沢さんと言いまして学生さんでした。」

――――――――――――――――――

相沢慎吾

城岩町出身。事故当時、21歳の大学生。

資料には2年前の10月7日、本郷市にある県立大学本郷キャンパスから折渡峠を通り城岩町へ向かう途中、例のカーブで転落。

たまたま通りかかった現地の人が落下している車を発見。

通報により、相沢は救急車で病院に運ばれたが死亡が確認された。

――――――――――――――――――

「明るくて、いい子でした。」

「知り合いなんですか?」

「ええ、同じ城岩町出身ですから何度か挨拶してくれたのを覚えでいます。」

このお婆さんに取材をしたのは当たりだった。
死者の生前の話が聞ければ、特集の目玉にもなる。

「それで、どんな人だったんですか?」

「はあ。先程も申しました通りで明るくて活発ないい子でした…大学生になってがらはよぐこの道を通って学校さ通ってだようです。」

お婆さんはもどかしくなるほどゆっくりと話す。

「よぐ車を止めでこの休憩場で一息ついでだのを覚えでいます…あたしもこごさは通ってるもんだがら世間話なんかもしたぐらいにして。」

そう言ってお婆さんはほんのりと笑った。

「お婆さん毎日、千体地蔵にお参りしてすごいね…僕も単位もらえるよう千体地蔵にお参りしてみようかなって生前はよぐ口にしてました。」

学生とお婆さんの会話…大体そんなもんかもしれない。

「それで最後に会った時のことは覚えてますか?」

何となくそう訊くと、お婆さんは神妙に頷き、こんなことを言った。

「まだ若いのに気の毒な子です…最後に会ったのはちょうどそごの峠の休憩場でした。」

お婆さんは深い皺を顔につくりながら続ける。

「あの時あの子は千体地蔵をお参りしてがら帰るのだと言ってました…ずっとこの山の上まで地蔵は続いてます…一番上まで行ぐど霞隠れという洞穴があるんですがそごまで行ってくると言ってました。」

「その後は何か言ってましたか?」

お婆さんは目を瞑り何かを思い出しているようだ…
やがて、目を開くと再びこう切り出した。

「霞隠れの洞穴になんて地元の人でも普段から近づかねえ場所です…だがらやめでおげってあたしは言ったんです…だどもあの子は行きました。」

「霞隠れですか…2件の事故はいったんこの千体地蔵の場所に立ち寄ってから先の下りのカーブで起きていますね…。」

俺が確認しようとするのにもかかわらずお婆さんは話を続ける。

「あたしは心配であの子が戻ってくるまで、休憩場の自販機で二人分の飲み物を買って待ってました。あの子が戻ってきた後で飲み物を渡して帰り道さ気をつけでなと言ったのが最後です。」

そこまで言うとお婆さんは急に黙りこんでしまった。

その後で、相沢慎吾という学生は事故にあって亡くなっている。
事故の原因は今だに不明だが、相沢は運転が荒かったのかもしれないし、車が故障してブレーキが効かなくなったのかもしれない…しかし記事にするには何故か不可思議なことにのほうが読者を引っ張れるだろう。

「あんだもこの千体地蔵についで調べる気なんだかね?」

唐突にお婆さんが訊いてきたので、俺は小さく溜息をついて言った。

「まぁ…はるばる東京から来てますからかね、記事も書かなくてはいけないし。」

その事を告げるとお婆さんは顔を曇らせ、俺に向かってこう言った。

「悪いごた言わねぇがらやめておぎんさい…この峠には何かある…あんだも深入りするとえれぇ目に合うがもしれねえよ。」

お婆さんの言葉はうちの編集長の言葉に重なって聞こえた…皆、呪いや祟りを信じている口らしい…どいつもこいつも馬鹿だ。

俺は悪い考えをお婆さんに悟られぬよう話を切りかえた。

「去年の事故のことも知っているんですか?」

お婆さんは、なにをいまさら当たり前のことをと言わんばかりに

「雨の日も風の日も来ておりますから、勿論知ってますとも林田美雪さんという若い女の人です。」

そう言うとお婆さんは「喉が渇きましたなぁ。」と言って休憩場の自販機までとぼとぼ歩きだした。

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林田美雪

百合本郷市出身、事故当時25歳のOL。

資料には、彼氏と思われる男性とのツーショット写真が載ってる。

林田は事故が起きる数時間前に一緒に写っている写真の男性を殺害しこの現場まで来ていた。

殺害された男性は佐藤敏彦、25歳の会社員。
恋愛の縺れからの犯行だったと当時の新聞に載っている。

すると、殺害してから逃走中にこの先の道で事故に遭い死亡したということになる。

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お婆さんから貰ったペットボトルのお茶に口をつけながら、どう話を切り出すか考えていた。

お婆さんは再び俺と向かい合い美味そうにお茶を飲んでいる。

「林田さんは、百合本郷市の出身だそうですね。」

そう言うと、お婆さんは目を丸くした。

「あれ…よくご存じだごど。」

「いや、一応事前に調べてたもので…」

とっさに取り繕ってしまう。

お婆さんは、あまり関心が無いらしく「そうですか。」とだけ言った。

「林田さんも相沢さん同様顔見知りだったのですか?」

お婆さんは首を振った。

「いんや…会ったのはあの日だげです。まさが、人を殺してるとはねぇ…思い出すと身震いしますだよ。」

田舎だけに滅多に殺人など起こらないらしく、お婆さんは心底驚いた口調でそう言った。

「あの日、妙にそわそわした女の人がこんな峠道をうろうろしてだもんだがらあたしは声をかげだんです。」

「なるほど。それで…」

俺は思わず身を乗り出して訊いていた。

「そしたら、その女の人…林田さんは、辺りをきょろきょろしながらこの辺は人の通りが多いのかとあたしに聞いてきました。今にして思えば、殺した男の死体を遺棄するにはぴったりな場所ですからね…。」

なるほど…林田は逃走したわけでなく殺害した佐藤某の死体を遺棄するためこの峠に下見しにきていた…心の動揺が少なからずあったに違いない。

その途中で事故に遭い谷底に落ちたとくれば合点がいく。

しかし、記事にするなら読者が食いつくようなネタにして書けばいいだろう。

後は出来れば死者に共通項がほしい。
それはこの千体地蔵と霞隠れをダシにすればいい。

相沢と林田の二人は事故に遭うまえ、一度車を停め千体地蔵に立ち寄っている。

しかし、相沢や林田の死が峠と関連付けられたとして、最大の問題が残る。

それは、田舎の峠道が奇怪スポットだとしてもパッとせず、読者が親近感を覚えてくれないことだろう。

それでも読者が食いつく道があるとすれば、それはひとつ…。
ホンモノである場合だ。

相沢や林田が死んだ理由が、本当に折渡峠、千体地蔵にある場合、俺が書く増刊号の特集は与太話から崇高な怪談になる。

「ホンモノか…」

そう声にだすと不意に背筋に寒いものが走った。

編集長も目の前にいるこのお婆さんもこの峠には何かあると言っていた…何かがいる。

よほど気をつけないと危ないと、俺の中の危険信号が点灯していた。

いつの間にか時刻は夕暮れ時になり、夏だというのに、空はうっすらと暗くなっている。

再びお婆さんと目が合う。

「あんたさんは、この峠を記事にすると言ってましたな…。」

皺だらけの顔が夕闇に染まり不気味な彫刻に見えた。

「はい…小さな出版社の雑誌ですが、その雑誌の特集記事にと。」

お婆さんの持っていたお茶のペットボトルがことりと置かれる。

「どうなされるにしても、最後にあたしの話をもうひとつ聞いてくだされや。」

そう言ってお婆さんはゆっくり話をはじめた。

「6年前にこの峠でもう一人死んだ者がおります。」

予想してない話だった…事前に集めた資料にはなかったし、何より事故や事件などの新聞記事すらない。

「河辺浩三と言いましてな…あたしの主人ですよ…」

ペットボトルを再び持ち直しお婆さんは答える。

「っつ…」

俺が口を挟もうとするのをお婆さんは手で遮り、咎めるような目で俺を見た。

「昔の話です…何も言わず年寄りの与太話だど思って聞いてくだされ。」

「…わかりました。」

お婆さんはしばらく沈黙し、やがてぽつりぽつりと話し始めた。

「先に話しましたが、あたしはこの先の城岩町で生まれ、町の病院に勤めました…いい加減な病院であたしがほとんど薬の管理なんかをしてましたがら…。」

「そう言ってましたね…。」

「えぇ…やがて亡くなった主人と知り合い結婚することになり、しばらぐすると子どもも授かり、そりゃ嬉しかったもんです。」

お婆さんに相槌を打ち、貰ったペットボトルのお茶に口をつける。

夕闇のせいかお婆さんの声は妙に眠気を誘う。

「でも、幸せは長いごど続きませんでした…あたしの主人は何かあるごとにあたしを殴り、それが段々酷くなって身籠った子は流れました…。」

俺の顔が不安に満ちていたのか、お婆さんは微笑んで言った。

「知ってましたが?…この千体地蔵は水子の霊を供養するための地蔵なんですよ…話がそれましたなぁ…その日から、あたしは河辺浩三を怨み6年前のあの日やっと主人である河辺浩三をこの世から葬りました。」

そう言ってお婆さんは深く息を吐く。

「河辺浩三は…」

俺はつい声に出してしまう。
眠気が一気に身体中を覆っている。

「この千体地蔵の先をずっと行った山の上…霞隠れの洞穴に主人は埋まっています。」

お婆さんの声がひどく遠くから聞こえてくる。

「学生さんの時は探検のつもりで行った霞隠れに興味をもだれでしまって…あの子は気の毒でした。」

目の前の視界が暗い、頭がぼんやりする。

「林田さんという女性の時は奇妙な巡り合わせを感じましたねぇ…あの人は気が動転していで、あたしに人を殺したごと、その死体を霞隠れの洞穴に埋めようとして下見にきたごども全てあたしに話ました。」

お婆さんが顔を近づけてくる。

「それで、今度はあんたです。この場所を記事にされだらと思うだげで…」

やめろ!!

俺が何をした!!

そう叫ぼうとするが、声がでない…
体に力が入らない。

「さっき飲んだお茶に入れた薬が効いでいるみだいだねぇ…世間様にこの場所が知られては困るんです。あんたには気の毒だけどもねぇ。」

閉じた瞼の裏に、編集長の顔が浮かぶ。

だから言っただろ…よほど気をつけないと危ないぞと。

お婆さんが俺の身体を引きずり俺の車に乗せる…運転席にお婆さんが乗り込みエンジンをかける。

「まだ聞こえるかい?それとももう聞こえないかしらねぇ…。」

 
 
 
 
 
 

      【熱帯夜】
 
 

全てはこの熱帯夜のせいだろう…
俺は心にそう決めた。
いつもならこんな事は考えなかったはずだ…。

この家には俺と、茜しかいない。
誰の目を憚ることもない…
だけど、今までに1度だって茜の肩に手をかけようなんて考えたことはなかった。

冷房が効いているはずだが、とてもそんな感じはしない、夏の熱帯夜は体の内側に熱気を溜め込み、身体が果てしなく高揚していた。

一方で頭は妙に冷静で冴え渡っているのを感じていた。

手に汗が滲んでいるような気がして、シャツの後ろで何度も拭い、俺は茜が注いだ、冷たい緑茶を口に含んだ。

茜はいつもの控えめな笑顔で、「達郎君おかわりいる?」と冷えた緑茶の入ったガラス瓶に手をかけた。

その時、茜は俺がどんな行動を取ろうとしているかなんて想像すらしていなかっただろう。

茜の反応を想像している自分はどこか後ろめたい気持ちがあり、たけどそれを、想像しながら俺が興奮しているのは間違いない。

右手でジーンズの尻ポケットに手を当て丸いリング状のそれを確認する。
女の大半はそれを身に付けるだけで安心を覚え、大切にしてくれているんだなと思ってくれる。

ちゃんと用意してきた…

スティック状のものにすっぽりはまるサイズのその輪っかが尻ポケットに入っているのを認めると俺は決心したように心で呟いた。

さあ、決めたからには行動に移そう。
そして行動するからには、しっかりやらなければならない。

俺はそっと茜の肩に手を伸ばしていく。

今夜は、誰も彼もがおかしくなっているんだ。
俺も、そして茜も…

事の発端は昨日のことだった。

高校三年の夏休みも何日か過ぎ、暑さのせいで部屋でたらけていると、携帯に着信が入っているのに気づいた。

画面を見ると田辺茜と表示されている…
普段、俺に電話なんてかけることのない茜がめずしく電話をよこすなんて…。

なんの用事だろうと俺は電話にでる。

「もしもし達郎君…起きてた?」

「ああ…うん何か用事か。」

俺は少し、無作法に答えた。

「あのね、達郎君って確か進学希望だよね…私も進学希望なの。」

「話が見えないな…何が言いたいの?」

「あぁ…うん、ごめんね。明日うちの両親がいないのよ…だから進学希望の達郎君と勉強会できないかなって…。だめ?」

いささか唐突な用件だったが俺はひとつ返事で承諾した。

きっと茜は【あんな事件】のあった後だからまだ、一人で夜を越すのは心許ないのだろう。

俺といえば電話を切った直後から茜の発したワンフレーズが頭の中で反芻し続けている。

明日うちの両親がいないのよ…

明日うちの両親がいないのよ…

俺の目は血走り、頭の中は明日うちの両親がいないのよ~という脳内オーケストラたちの合唱がいつまでもやむことなく響いていた。

朝、俺はタンスの引き出しから例の輪っかを取り出し、ジーンズの尻ポケットに入れた。

昼過ぎに茜の家に行くと、彼女は笑顔で俺を迎えてくれた。

「達郎君いらっしゃい。」

「お、おう。」

いかん、いかん…。

いささか動揺している、心を落ち着けて深く息を吐く。

ずっとこのままの状態だと、これから先が思いやられるな。

「達郎君すぐ勉強会しちゃう?」

俺の動揺なんかお構い無しに茜は話しかけてくる。

「よかったらケーキ買ってあるから食べない?」

「ああ…じゃあ頂くよ。」

茜に促されるまま、俺は苺の乗ったショートケーキと夏だというのに熱々の紅茶を出され、それを女子会気分で茜と向かい合い頂いた。

茜は「美味しいねえ」とか「デュプレ大久保のケーキだよ」とか言っていた気がするが会話の大半は右から左へ受け流れていた。

俺は、うんうんとしきりに頷いている半面今宵、二人きりの夜をいかに進行すればよいのかを脳内シュミレートしながら時折、茜との会話で驚いたり笑ったりしてみせた。

我ながら役者である。

夕刻…いよいよ宵の口も開きはじめ、茜と夕食を済ませた後、リビングでテーブルを挟みながら勉強会と称した雑談会が行われていた。

話題はもっぱら俺たちが通う、西日高校の同級生のことや1年の時、生活指導を担当していた小島先生が今年の林間合宿で恐ろしい体験をした話など話題は豊富であった。

「でね~その車椅子の音にびびって小島先生トイレに隠れたんだってぇ。」

クラス委員といえ、さすが女子…茜はお喋りに夢中だ。

この頃には、俺の動揺もすっかり収まり、気分も高揚していた。

「小島先生も災難だったな~。」

余裕をもって話を聞くことができる。
しかし、一方で体は熱く熱気を帯びているのがわかった。

茜が冷えた緑茶を持ってきて俺に差し出してくれた。

「おおサンキュー。」と言ってそれに口をつける。

手に汗が滲んでいる気がして何度もシャツにぬぐった。

「達郎君おかわりいる?」と茜はいつもの控えめな笑顔で緑茶の入ったガラス瓶に手をかける。

俺は行動に移すなら今だと思い、茜の肩にそっと手を伸ばす。

さあ決めたからには行動に移そう。

行動するからにはしっかりやらなくてはならない。

茜の肩に手をかけ俺は言った。

 
 

「あのさ、茜が前に無くした指輪なんだけど…」

 
 

俺はジーンズの尻ポケットからおもむろに指輪を取り出した。

「えっその指輪…なんで達郎君が…」

茜は驚いた顔をで俺をみる。

それもそのはず、俺のジーンズの尻ポケットに入っていた【指輪】は【茜が以前紛失した指輪】だった。

「非常に言いづらいのですが…」

俺は急に敬語になり、ことの次第を説明した。

中学の時に茜をからかい大事にしていた指輪を隠したのは俺だった。

茜はずっと無くなった指輪を泣きながら捜していたのを覚えている。

それは両親からのプレゼントだったかもしれない、茜がお小遣いを貯めて買ったのかもしれない、どういった理由があって大切にしていた指輪かは分からないが、茜にとってそれはとても大切なものだったのだ。

「大事にしていた指輪を隠したのは俺だ…ずっと今まで言えなくて、すまん茜。」

俺は深く頭をさげた。

「達郎君…頭を上げて。」

茜の優しい声が聞こえ頭を上げると、茜は優しい笑みを浮かべ俺をみていた。

「この指輪はお祖母さんから貰ったいわば形見のようなものだったの…まさか達郎君が隠してたなんてね。」

「すまん…今更、茜にいうのが怖くてずっと言えずじまいだった。」

「ううん、こうやって今更でもちゃんと言ってくれたじゃない。ここは幼馴染ということでデュプレ大久保のケーキで許してやろう。」

俺に向かって茜は笑顔でそう言った。

「ははぁあ~」

俺のもう1度深々と頭を垂れた。

真夏の夜のどこか微笑ましい出来事だった。

 
 

 
  • デジャブ

    いいっすねえ♪さすがに黒川先輩登場は難しいかもですが、作風を参考にするなら師匠シリーズまねてみた、とか面白いかも知れませんね。

     
    • 匿名

      どうだろうね。作者さん個々の強い特性がでるだろうから早坂氏なら胸糞悪いバットエンド作る傾向あるし、巨匠河上氏なら本質には触れず読み手の想像を膨らませるじわじわした作品にリファインすると思う。

       
      • 匿名

        河上の話はまともに意味が通じる日本語に直すところからだから大変だと思う。実にまことしやかに不可思議だとかヘンテコな使い方をしてるから、何を意味して何を言いたいのか精査しないとならないからな。他人の作品を彼が書くとしたら怪文書になることは間違いない。あと、良くもならないな。読んでも情景が頭に浮かぶこともないし。

         
  • ラグト

    奇憚社様、私の名前など使っていただき恐縮です。
    作風のプロットだけではなく、本文まで創造されるとは素晴らしいですね。
    楽しみながら読ませて頂きました。
    もし次回があるのであれば、黒川先輩などうちのお話の登場人物の出るインスパイア作品なども見てみたいですね。

     
  • 匿名

    もしかして、以前にオレがお願いした事を、それも予想を遥かに超えた合作と言う形態で実現してくれた!?とでも言うのだろうか…だと、したらありがとう!そして、手間かけさせてすみません。いやはや、久しぶりのいくゆみさんだ。鈴木君と佐藤君は連作になって背景が出来たから楽しみだったんだよな。人間相関図も出来て色々想像したり、今後の展開予想したりな。ラグトさんのも良いけど、なんか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。それにしても達者だよな。これからも、どんどん書いて欲しいな。休載されたK先生の過去作を早坂さんがリファインされたらどんなになるか読んでみたいなと、さらにリクエストしたり。目に釘の話とか

     
    • 匿名

      他の作家さんにK先生の作品をリファインするのは無理でしょう。そもそも完成度が高いものばかりなのでこれ以上直しはいらないです。もしかして君は先生の作品に毎回ケチつけて目に釘の話をやれ、コゲが書いたらロビンが書いたら早坂が書いたら等と先生を批判されていた方ですか?

       
      • 匿名

        敬称もなしなんだw自演しつこいねかーかみw

         
        • 匿名

          あの与太の完成度が高いというならトイレの落書きは全て美術館で展示級だな。

           
  • アレア

    今回は有名作者さん3名の合作でつね(´∇`)
    1話目のいくゆみさんの話しは怪文書だと思うんですが、ブログに飛んでみましたが、駄目でした解けませぬ。
    2話目のラグトさんの話に繋がるオチって解釈でよかったんでしょうか?

     
    • 匿名

      アレアさん美雪のブログに書いている数字に注目してみて 日付順にね

       

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