【心霊】脳の無い幽霊

バイトも終わり、(さあて、これからどうすっかな~)て時に、自宅に帰る以外何も思い浮かばない夜がある。そんな時にお誘いの電話なんかあると、それが例えさほど親しくない相手でも、乗ってみるか、という気になるものだ。

梅雨明け間近の、あの日もそうだった。珍しく晴れた日の夕刻、携帯の着信音が鳴る。ディスプレイに表示された氏名に一瞬(ん?)となった俺だが、すぐに、ひと月程前、競馬場で知り合ったオーラの佐竹だと思い出す。

〈暇ですから遊びに来ません?美味いワインがあるんですけど〉

〈行きます行きます♪今、○○ですけど、どこ行けば?〉

〈電車?〉

〈ですね〉

〈じゃあ地下鉄××線で△△駅西口から通りに出てくれます?車横付けして待ってます。車種は白のランドクルーザー〉

 
 

パドックで最初に声を掛けたのは俺の方だった。馬を眺めてばかりで一向に馬券を買う様子のない同世代の人物がいて、何故か、無性に気になったのだ。金が無いようには見えない。むしろ、かなり裕福そうだった。

「随分熱心ですね。馬体で何か分かるんですか?もしそうなら教えて欲しいなあ。もう、とことんやられちゃって」

特に迷惑そうな素振りを見せるでもなく、男は日焼けした顔を俺に向け、想定外の言葉を返してきた。

「競馬なんて儲かる訳がない。僕でさえ勝てないんだから」

「え!?」

「おかしな奴だと思わないで下さいよ。信じられないかも知れませんが、僕ね、オーラが見えるんです。オーラって知ってます?」

「オーラの泉のオーラでしょ?テレビで何回か見ました。けど、あれって嘘っぽいですよね。あ、すみません」

「信じる信じないは、貴方次第です(笑)。でもあの番組が胡散臭いのは僕も認めます」

馬券の事には敢えて触れなかった。行動をチェックしてる?などと変に勘ぐられたくなかったからだ。

「体調なんかは一目で分かります。だけど勝つかどうかなんて分からない。一旦走り出したら調子の悪い馬の方が速かったりする。人間だってそういう事ってよくありますよね?」

「はあ…」

「運の強さや健康状態なんて、個々の能力が違う状況じゃ意外と当てにならないんです。ん~例えばですねえ、明石家さんまがいくら強運で体調が絶好調でも、風邪をこじらせた井手らっきょに、かけっこで勝てなかったりする」

「なるほど(笑)」

「そりゃ挑戦はしましたよ。人間のオーラだって見えるわけですから。騎手や調教師をくまなくチェックしましてね。でも駄目。選手時代、大した成績も残してない原が長々と巨人の監督やれるのは強運だからです。きっとオーラも華やかでしょう。でもその日のゲームに勝てるかどうかなんて、ねえ(笑)。ここに来るのは、単に馬が好きだからです。眺めてると落ち着くんですよ。勝ち負けはどうでもいいんです」

「巨人、嫌いなんですね?(笑)。あのう、オーラが見えるって事は…霊感があるって事ですか?」

「そうかも知れませんね。ちょっと他に用があるんでここで失礼しますが、良かったらまた、お会いしましょう。沖縄から出て来てもう一年になりますが中々友達が出来なくて」

「ええ、是非。へ~沖縄ですか~あのう…俺、幽霊とか凄く興味あるんで、その時はお話聞かせて下さい」

「喜んで」

 

怪しい人物だと一刀両断すべき所なのに、オカルト好きのせいもあって携帯番号を交換してしまった。江原なにがしと同じで見た目はいかにも誠実そうな印象。関わらない方がいいかも…とも思ったがこちとら極貧にあえぐ寮住まいの苦学生。月に一度だけ、僅かばかりの軍資金に夢を託すだけの冴えない男。詐欺師なら取られる物など無いし、洗脳するつもりなら…面白そうだ。

 
 

(白のランクルか…学生なら俺とエライ違いだ。服も高そうだったし一体何者だろう)期待と不安半々で地下通路から階段を駆け上がる。

「お久しぶりです甲斐さん」

「待ちました?」

「今来た所ですよ。散らかってますけど、どうぞどうぞ」

整然としていて全く散らかってなどいない。ただ、微かにお香の匂いが漂っているのが気になった。

(やはり宗教関係者?ま、用心するに越した事はない)

「早速ですけど、甲斐さん、前、オカルトに興味があるって言ってましたよね?」

「ああ、はい。子供の頃から不思議大好きで」

「何か体験された、とかですか?関心を持つようになったきっかけは」

「いえ、霊感が無いせいか実体験は全くです。きっかけかあ、考えた事も無かったなあ…」

「じゃあ、現在の心境としては半信半疑、てとこですか?」

「それが、霊の存在自体は100%信じてるんです。理由聞かれても困りますけど」

「体験したいと思います?」

「え?」

「いえね、一度くらい実際に霊体験をね、してみたいとは思いませんか?」

「ん~微妙だなあ…怖い気もするし…」

「車で一時間ばかりの所にですね、いるんですよ強烈なのが。いつも同じ場所で、大声で叫んでる。行ってみます?」

「え?だけど俺、霊感全然無いっすよ?」

「大丈夫です。僕が見せてあげますよ」

「……?」

「ああ、無理にとは言いません。いきなりで驚かれたでしょう。すみません。前お会いした時にオカルト好きとおっしゃってたんで、つい…僕の悪い癖です。サービス精神が必ず裏目に出る」

「いえ、一瞬、どう答えたらいいのか戸惑っちゃって…見せてあげるって、どうやって?」

「僕の側にいれば、見えない人でも見えてしまうんですよ。勿論、霊にも色々あって、いつもという訳じゃないですけどね」

「……」

「例えばあそこ、道のど真ん中を女が歩いてる。ほら、50メートル程先、分かります?」

ゾクッとした。(この男、マジで危ない奴なんじゃ?)疑心が頭(こうべ)をもたげる。一応、男の指差す方に目をやるが、そんなモノいる訳がない。

「見えない、すね」

「でしょうね。彼女、随分前に事故で亡くなったんでしょうが、今は特に強い念も感じない。成仏も近いでしょう。一般に天国に近い霊ほど視界にとらえるのが難しくなります」

「……(汗)」

「さっき話した霊なら、甲斐さんでも確認出来まる筈です。何せメッセージが強烈ですから」

「メッセージ?」

「行けば分かりますよ。どうします?」

俺の中で好奇心の方が勝ってしまった。

走り出してすぐに、男が俺と同じく大学生で、年齢は一つ下だという事が分かった。

途中、コンビニに立ち寄らせ弁当とお茶を買う。「霊視には空腹の方がいいんですけどね」というアドバイスは軽く無視した。年下だと判明した途端、あからさまに遠慮が無くなってくる。おかしなものだ。

 

「着きました」

「ええ!?ここ!?」

心霊スポットのイメージを勝手に膨らませ、内心少々びくついていた俺は、完全に拍子抜けしてしまった。ビルの建ち並ぶ普通の繁華街だったからだ。まだ夜の7時。大都会の喧騒は今からが本番という時間帯じゃないか。

「目的地までは少し歩きます」パーキングに車を停め、竹下は、俺が弁当食い終わるのをスマホ弄りながら待っていた。音でパズドラだと分かる。(霊能者もゲームやるんだ)と何かおかしかった。

「その霊ってスマホで撮れないのか?」

「撮れるでしょうけど…壊れるかも、なにせ強烈なんで」

「マジで!?」

「そろそろ行きましょうか」

 

酒気を帯び始めた都会の雑踏の中を5分ばかり歩き、俺たちは、雑居ビル横の細い路地に入った。明かりが急に乏しくなり、何となくそわそわしてくる。路地を抜けると、飲み屋の点在する普通の住宅街に出た。さっきまでの、きらびやかなネオン街が嘘のようだ。

「この辺り一帯は、空襲で焼け野原になったんです」

「へえ…」

「多くの民間人が焼夷弾に焼かれて亡くなった。とてもじゃないけど成仏出来るような死に方じゃないんです。普通に考えて、焼け爛れた沢山の霊が徘徊する、ゾンビ映画のような状態になっててもおかしくはない。でも、そうなってないんですよね」

「……」

「実は僕、昔ヤンチャしてましてね、バイクで事故って全身の骨がぐちゃぐちゃになった事があるんです。。でも、痛みなんか全然感じなかった。あ~あ…やっちゃった…て後悔だけで」

「……」

「人間てどんな死に方しても、意識が消滅する瞬間には、苦痛から解放されるようにできてるんじゃないですかね?それが例え、焼け死ぬ、みたいな凄惨なものであっても。そう考えないと説明がつかない。殆んどの方が天国に旅立ってる訳ですから。ただ、これは、あくまでも肉体的には、という条件付きです。恨みや憎しみが深ければ当然足枷になる」

「……」

(何で、ここで戦争の話?)違和感を覚えながらも、その理由を訊ねようという気にもならず、俺はただ黙々と歩いた。学生である事以外、素性もよく分からない男と、今こうして心霊スポット目指して夜の街を歩いている。そんな現実感の希薄さが、俺を妙に気だるくしていた。まるで風邪を引く前の、悪寒を感じた時のように。

 
 

時代を感じさせる石造りの小さな橋に差し掛かった時、竹下は急に立ち止まり、たもとから下を覗いた。薄暗闇の中、幅3mくらいの川がすぐ下を流れている。水面に映る外灯がユラユラ揺れて中々情緒的だ。

「ほら、そこにいます」

(!!!?)心臓が止まるかと思った。

「あ、脅かしちゃいました?すみません」いつの間にか真横にいた竹下が俺の顔を見て申し訳なさそうに笑った。(身体がビクンと反応したの見たなコイツ…)

「そこって、どこよ?」

彼は黙って指先を橋のほぼ真下に向けた。

「何も見えんけど?」

「耳を手で塞いで、薄目にして下さい。見える筈です」

言われるまま耳に手を当て、再び視線を川に向ける。雑音が遮断された事で恐怖が倍増したような気がした。やはり、何もいない。川が流れているだけだ。それでもじっと見つめていると、自分とその川だけが世界から取り残されたような不安な気持ちになってくる。。怖い。俺は思わず顔を上げた。

「分かりました?」

「全く分からん」

「薄目にしました?」

「したよ」

嘘を付いた。正直もう、その場から離れたかった。

「おかしいな…見えない筈ないんだけど」

〈もう幽霊なんかどうでもいい〉、言いたいのは山々だったが、ヘタレだと思われるのも癪だ。(奴が年上なら「勘弁して下さいよ~」で終わるのに…)

今度は橋の中央まで行き、手すりから覗き込んだ。何も見えない。試しに薄目にしてみる。

(!?)一瞬、何かが動いたような気がした。更に目を凝らす。(あ!!)水面より上ばかり見ていたから気付かなかったのだ。それは暗い水の中にいた。薄い、靄状の何かに縁取られた、黒い棒のような物が激しく動いている。ドクン…心臓が大きく脈打った。(ヤバい!!)本能が訴え掛ける。だが確かめずにはいられない。

焦げたわら人形。敢えて例えるなら、人間大の真っ黒焦げのわら人形が、水中で四肢を激しくばたつかせていたのだ。

クラッと目眩がする。

直後、断末魔の叫びが脳内で爆発した。

「ア・ツ・イーーー!!」

 
 

「甲斐さん!!」

叩き起こされた感じだったから、一瞬、気を失ったのかも知れない。

「あれは、一体、何だ?」

「空襲でやられた霊です。戦後70年、ずっとあそこでのたうちまわってる。成仏は恐らく無理でしょう。生前の記憶が全く無いどころか、自分の名前すら覚えていない。ただただ熱い、苦しい、の感情しかないんです」

「聞こえた。確かに、熱い、と」

「人間誰でも、火だるまになって逃げ回ってる最中に、自分の名前どころじゃないですよね?でも、そんな時でも、子供は?親は?と自分以外の存在を気に掛けた人は救われる。己れを見失ってないからです。あの霊は、おそらく身寄りなど無かったんでしょう。更に悪い事に、死の間際苦痛から解放され、生前を思い返す僅かな時間さえも与えて貰えなかった」

「どういう事?」

「心臓麻痺ですね。苦しみの絶頂で亡くなってる」

「……」

竹下との初デートは、ただただひたすら俺の心身を疲れさせる物だった。

end

 
  • 匿名

    薄目ってとこが、コクが効いてますよね

     

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