センス良く生きる/HN:フヨウ

何かにつけて、文句の多い人というのはいらっしゃいます。あらゆる物事の欠点を得意げにあげつらう方々。

けなせばけなすだけ、眼がある人だと、思ってもらえるのではないか。「通」な人間に見てもらえるのではないか。頭が良さそうに見られるのではないか。そんな気持ちからの虚勢なのでしょうか。

批評するのが仕事ならまだしも(これはこれで結構しんどい仕事に思えます)日常でそういった方々にセンスの良い人は少ない気がいたします。

自分のまわりのセンスの良い人は、「面白がり」が多いようにみうけられます。センスというのは服装だけでなく、生き方全般にわたる話です。もともとの、ものの見方が違うのです。

けなす人はマイナスでしか物事を見ません。わざわざ、つまらない物を探しているようにすら見えます。そんな人は、日常に楽しい発見も少なくなってしまう。当然、センスの良い物を見つけにくくなります。

面白がりの人は、とにかく「楽しい事、面白い事、良い物」を探す為に、プラス眼差しで世の中を見渡します。日常は楽しい事で溢れている、発見の可能性が増える訳です。

面白がれば日常を楽しく過ごせます。日常を、楽しくもつまらなくするのも、心掛け次第です。

さて、インターネット上でも、この様な批判の言葉をよく見掛けます。これはおやめになった方が御自分の為です。

何故ならば、不特定多数の世間の人達に「自分はつまらない日常を過ごしている、センスの無い人間だ」という風に宣伝しているようなものですから、格好悪く見えてしまうかもしれません。

生きるセンスのある人は、恐らくそんな事はしないでしょう。

何が面白くて、何がつまらないなんて、全くもって個人の主観でしかありません。それをいちいち手厳しく「つまらない」などと述べる必要性など、無いのではないでしょうか。

豚骨スープが売りのラーメン屋さんに「自分は豚骨が嫌いだ、鶏ガラ醤油を作らなければ認めない」と言っているに等しい言葉を見掛ける事があります。

しかし世の中には、鶏ガラ醤油ラーメンが好きな人も居れば、豚骨スープが好みという人も居る。つまり、誰かの「つまらない」も、他の誰かの「面白い」なのです。

だから、好みでない事は黙っているのがスマートです。それが好きな人を、わざわざ不快にする必要は無いです。

それでもあえて、言いたいのなら柔らかく「自分には合わない」程度で良いと思います。

「そこまで他者に気をかける必要があるだろうか」と思われる人もいらっしゃるとは思いますが、常に不特定多数が見ているのです。

わざわざ見ず知らずの人に嫌われ、見ず知らずの悪意を集めるのもあまり気持ちの良い物ではありません。人の念は怖いです。もしかしたら、運気の落ちる元になるかもしれませんね。

「言論の自由」を振りかざす人も、多々いらっしゃいますが、自由には常に「責任」もともなうものです。「責任」を考えれば、発言はよく考えた方が良いでしょう。

これらは、日常でも同じですね。

ただ「こうすれば良くなる」というような、その人が伸びるような、思いやりのある助言は必要かと思います。丁寧に、相手の気持ちを考えつつ、言葉を紡げば相手にも感謝をされるはずです。

沢山の人が見ているからこその、インターネット上の言葉選び、本当に難しいですね。

言葉を磨き、自分を磨き、生きる事において、センスの良い人を目指したいものです。そうすれば、毎日が楽しくなって、全体的に物事が良くなっていくと思うのです。

中々に難しいです。自分も日々精進だと思っています。

まずは「つまらない」という言葉をやめて、「面白い」を沢山探す事にします。一歩、一歩、少しずつ、センス良い生き方を目指す為に。

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